市場販売目的のソフトウエアの会計処理について③

前回に引き続き、市場販売目的のソフトウェアの会計処理の解説をしていきたいと思います。

今回は、製品マスター完成後の処理を主な論点として解説していきます。

1.製品マスター完成後の制作費に係る処理

製品マスターや購入したソフトウェアの機能の改良・強化を行う制作活動のための費用は、原則として資産に計上します。ただし、著しい改良と認められる場合は、次の項で述べるように研究開発費として処理します。

製品マスターの取得原価は原価計算により算定されます。

したがって製品マスターの制作原価は、制作仕掛品についてはソフトウェア仮勘定などの勘定科目により、また、完成品についてはソフトウェアなどの勘定科目によって、いずれも無形固定資産として計上します。

なお、有価証券報告書などにおける開示の際には、製品マスターの制作仕掛品と完成品を区分せず一括して『ソフトウェア』などの科目で開示されるのが一般的ですが、制作仕掛品に重要性がある場合にはこれを区分して表示することが望ましい旨が、「研究開発費及びソフトウェアの会計処理に関する実務指針」(以下、「実務指針」とする)において言及されています。

2.著しい改良が行われる場合の処理

製品マスターや購入したソフトウェアの機能の改良・強化を行うための費用は、原則として資産に計上しますが、当該改良が著しい改良と認められる場合は研究開発費として処理します。


では著しい改良とは、どういったものを指すのでしょうか?

実務指針によれば、『研究及び開発の要素を含む大幅な改良を指しており、完成に向けて相当程度以上の技術的な困難が伴うもの』となっています。


具体的な例として、次ようなものが挙げられています。

①機能の改良・強化を行うために主要なプログラムの過半部分を再制作する場合

②ソフトウェアが動作する環境(オペレーションシステム、言語、プラットフォームなど)を変更・追加するために大幅な修正が必要になる場合

①については、主要なプログラムの過半部分を再制作するような場合になると、どうしても開発の連続性が薄く、研究開発費に近い性質となり、またその成功の蓋然性も低くなると思われ、実質的には新たなソフトウェア開発を行っているという事象に近似する実態があることからこのような規定になっていると思われます。

また、②についても①と同様、ソフトウェアの動作環境について大幅な修正がある場合には、実態としては新たなソフトウェアの再開発に近似することからこのような例示がされていると考えられます。

いずれにしても、社内での用語として『改良』とされている場合であっても、その実態として研究開発に近似するような著しい改良に該当するかどうかが重要なポイントとなります。

3.会計処理の背景

製品マスター完成後の処理について、特に初学者の方は非常に混乱する点が多いと思います。

というのも、単なる改良の場合は資産計上されるが、著しい改良が行われる場合は研究開発費と同様の扱いとなり、費用計上されるなど非常に恣意性が高く、裁量の余地が大きいのではないかと思われるからです。

この懸念についてはかなり妥当と言える面があり、実際の実務の場面でもソフトウェアの資産性については大きな監査上の論点となることが多いです。

考えようによっては、一律に費用処理するといった形の方が、比較可能性や不適切会計の確率を低くするといった観点で望ましいと思われる点もあるかもしれません。

しかしながら、一律に費用処理した場合、特に昨今のように研究開発と将来の収益獲得が密接に結びついている場合には、期間損益を著しく阻害するおそれもあります。

たとえば実態として、ある程度ソフトウェアの仕様も固まり、過去の状況から販売量も計算でき、それを前提として巨額の資金調達をしてソフトウェア制作を行ったような事例において、この開発に要した支出の全てを開発費用として費用計上してしまうと、開発段階で膨大な損失が出る一方で、経営者側はその初期投資を数年間の販売実績のキャッシュフローによって回収することを見込んでいるにもかかわらず、実際の損益計算においては、売上だけが回収期間の全期間にわたって計上され、原価とすべきものまで開発費として一時点で費用処理されてしまうことになります。

ソフトウェアという無形資産は、多額の設備投資(開発費)を要することであったり、制作期間が長期にわたる点であったり、人件費をはじめとする雑多な支出で構成された費用総体からなる投資原価を制作後の売上で回収するビジネスモデルであったり、さまざまな点において製造業における仕掛品や製品と近似します。

したがって、このような観点からも、資産計上すべき場合と費用処理すべき場合を厳密に峻別したうえで、会社側でその集計ができる内部管理体制を整えることも含めて、正確かつ迅速な会計処理を企業に求めることも合理的と言わざるを得ません。

分岐が多く非常に煩雑な処理ですが、ソフトウェアの処理をすべき業態の企業の経理担当者にあって、正確な会計処理ができるよう適切な準備を行う事が必要となります。