リース基準の公開草案改正の背景について(2)

前回に引き続き、2023年5月2日に企業会計基準委員会より公表された企業会計基準公開草案第 73 号「リースに関する会計基準(案)」等及び企業会計基準適用指針公開草案第 73 号「リースに関する会計基準の適用指針(案)」に関する解説をしていきたいと思います。

今回も前回のコラムに引き続き、リース会計基準改正の背景について解説していきたいと思います。

1.企業会計審議会でのリースの例外処理の廃止

今回新たにリース会計基準を定めるに当たっての審議の過程では、主として、我が国のリース取引は資金を融通する金融ではなく物を融通する物融であり、諸外国のファイナンス・リースと異なり賃貸借としての性質が強いことを理由とし、例外処理を存続すべきとの意見も表明されたようです。

また、リース契約を通じたビジネスの手法が確定決算主義をとる税制と密接に関係してきたため、会計上の情報開示の観点のみでは結論を得ることが難しいという我が国固有の課題もありました。

そのためこのリースの会計処理に関するテーマは、審議に4年もの歳月を要し、2004 年 3 月には「所有権移外ファイナンス・リース取引の会計処理に関する検討の中間報告」、2006 年 7 月に試案「リース取引に関する会計基準(案)」、2006 年 12 月には企業会計基準公開草案第 17 号「リース取引に関する会計基準(案)」が公表されました。

関係各方面からの意見聴取も行い、我が国のリース取引の実態を踏まえ議論が行われましたが、コンバージェンス等を鑑みても当時の処理を継続する合理性は乏しいとして、1993 年リース取引会計基準において認められていた例外処理を廃止するとの結論に至り、2007 年 3 月に企業会計基準第 13 号として公表されることとなりました。

2.企業会計基準公開草案第 73 号「リースに関する会計基準(案)の公表

国際会計基準審議会(IASB)は、2016 年 1 月に国際財務報告基準(IFRS)第 16 号「リース」(「IFRS 第 16 号」)を公表し、米国財務会計基準審議会(FASB)は、同年 2 月に FASB Accounting Standards Codification(FASB による会計基準のコード化体系)の Topic 842「リース」(「Topic 842」)を公表しました。


IFRS 第 16 号と Topic 842 は、借手の会計処理に関して主に費用配分の方法の点では異なるものの、原資産の引渡しにより借手に支配が移転した使用権部分に係る資産(使用権資産)と当該移転に伴う負債(リース負債)を計上する使用権モデルにより、オペレーティング・リースも含むすべてのリースについて資産及び負債を計上することとする点については全く同じです。


IFRS 第 16 号及び Topic 842 の公表により、これらの国際的な会計基準と我が国のリース会計基準との間で、特に負債の認識において違いが生じることとなり、国際的な比較において齟齬が生じる可能性が出てきてしまいました。

こういった背景を踏まえて、2018 年 6 月開催の第 387 回企業会計基準委員会からリース会計基準のコンバージェンスと新たなリース会計基準制定の検討が開始されることになりました。


検討を行うにあたって、各方面から幅広く意見を聴取したところ、借手のすべてのリースについて資産及び負債を計上することへの懸念として、会計上の考え方、適用の困難さ、適用上のコスト等に関する以下のような意見が提出されました。

例えば、使用権モデルに基づき借手が資産及び負債を計上することについて、法的な観点から違和感があるとの意見がありました。

これは、具体的には以下のようなものです。


(1) 一般的な賃貸借契約(民法第 601 条)では、貸手は、単に物件を引き渡しただけでは義務を完全に履行したことにはならず、その引渡後にも修繕義務等を負うため多少なりともリスクを負担している。(にも関わらず、会計上は使用権資産の引渡により権利・義務の移転を認識する)


(2) 借手による契約で定められた賃料を支払う義務の履行は、貸手の義務の履行が前提であるため、借手は、原資産の引渡しにより、無条件の支払義務を負う訳ではない。(にも関わらず、会計上は義務の履行を認識する)


(3) 連結財務諸表上は、情報開示の観点でやむを得ないとしても、個別財務諸表については、民法上の考え方との齟齬がある。

3.新しいリース会計基準における考え方

このような反論について、リースが役務提供契約と異なる点についてのIFRS 第 16 号での説明を見てみましょう。


(1) リースの場合、貸手による原資産の引渡しにより借手は特定された資産を使用する権利を支配し、それと交換に当該使用権に対する支払を行う無条件の義務を負う。(すなわち、会計処理が実態を正確に反映している)


(2) 役務提供契約の場合、顧客は契約の開始時に特定された資産の支配を獲得せず、通常、役務提供が履行される時点まで支払義務を負わない。


IFRS 第 16 号においては、貸手が借手に対してさまざまな法的な義務を負う中で、原資産の使用権に対する支配に着目する観点から、原資産の引渡しに焦点が当てられているものと考えられます。

IFRS 第 16 号を前提とすれば、借手における支払義務が法律上の無条件の支払義務に該当しないとしても、会計上の資産又は負債の定義を満たす場合には、資産又は負債として計上するかどうかを検討することになると考えられます。

貸手が原資産を借手に引き渡した時点において借手が無条件の支払義務を有しているとのIFRS第 16 号の考え方は、我が国においては必ずしも当てはまらない状況があると考えられます。

しかしながら、借手が無条件の支払義務を有するまで会計上負債を認識しないということには必ずしもならないという整理をすることで、今回の改正との整合性を取っていると思われます。