遡及処理を行った場合の比較情報への反映についての概論
前回に引き続き、企業会計基準第24号 『会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準』を中心に会計方針の変更、表示方法の変更、会計上の見積の変更等ついての解説をしていきたいと思います。
今回は、遡及処理を行った場合の過去数値への反映方法や、前回のコラムでも取り扱った個別財務諸表への会計方針等の変更の反映の是非、そして反映を行うか否かの判断基準となる重要性といった論点について取り扱っていきたいと思います。
遡及処理を行った場合には、多くの場合で比較数値である過去数値との比較可能性が損なわれることになります。一方で、過去の数値自体はその時点での会計基準等にしたがった処理であるため、新たな基準を過去に適用することは基本的には正しくありません。
この比較情報の有用性と財務諸表作成のあるべき原則について実務上どのように折り合いをつけていくのか、という点についての考察となります。
過去数値に対する影響の反映について
会計方針の変更等を行った場合の過去の累積的影響額に関する当期の会計処理について、この章では解説をしていきたいと思います。
まず会計方針の変更等に関する当期の会計処理としては、その累積的影響額を期首の利益剰余金に含めて処理を行うのか、それとも従来どおり当期の損益に計上するのかという論点があります。
この点に関しては、当該影響額の算出に関する財務諸表作成者の負担を勘案するという点も重要となります。事務負担が大きすぎる場合、理論上は正しくても実務での浸透が望めないからです。
そのような計算自体はこれまでも、注記による開示などとの関係で、企業の規模や開示制度等にかかわらず、すべての企業で行っているものと考えられます。
このため、その金額を当期の損益に計上する方法から、期首の利益剰余金に含めて計上する方法に変更した場合でも、企業の規模にかかわらず、新たな実務負担はそれほど大きくないのではないかとの見方があります。
会計方針の変更等による過去の累積的影響額を当期の損益に計上すると、当期の業績に関連のない損益が計上されることになり、望ましくないという考え方もあります。
また、金融商品取引法による財務諸表の開示が行われていない企業については、遡及処理を求める必要はないのではないかとの指摘があるが、これらの企業にも財務諸表の利用者は存在しており、それを考慮すると、特段の取扱いを設ける必要はないという考え方もあります。
さらに、遡及処理のニーズが主に連結財務諸表にあると考えることができたとしても、連結決算手続上利用するために内部的に作成された子会社及び関連会社の財務諸表上で遡及処理を行うことにより連結財務諸表への遡及処理が可能であるなら、実務負担を考慮し、個別財務諸表においては遡及処理を必ずしも強制する必要はないのではないかという指摘があります。
ただし、これに対しても、個別財務諸表準拠性の観点などから子会社及び関連会社の個別財務諸表の期首の利益剰余金に、過去の累積的影響額を含めて処理すべきという考え方があります。
検討の結果、本会計基準では、会計方針の変更等を行った場合の過去の累積的影響額に関する当期の会計処理について、個別財務諸表上の適用に関する特段の取扱いを設けないこととし、遡及処理後の期首の利益剰余金に含めて会計処理することを求めることとしました。
遡及処理を行った過去の個別財務諸表の表示の要否について
国際的な会計基準を適用している国々では、連結財務諸表を開示している場合、個別財務諸表の開示が求められていないこともあるため、我が国においても、とりわけ財務諸表作成者の負担が大きい遡及処理後の過去の期間における財務諸表の表示を、連結財務諸表のみならず、個別財務諸表にまで一律に求めようとするのは適切ではないという意見がある。
その一方、連結財務諸表と併せて公表される個別財務諸表についても、過去の期間への遡及処理によって期間比較可能性及び企業間の比較可能性が向上し、財務諸表の意思決定有用性を高めることが期待されるのであれば、特段の取扱いを認めるべきではないという意見もある。
検討の結果、個別財務諸表について比較情報としての有用性を期待するという観点からは、個別財務諸表についても連結財務諸表と同様に、過去の財務諸表を表示する場合には、これを遡及処理して表示することが考えられることや、比較財務諸表の表示の要否は各開示制度の中で規定がなされていることを踏まえ、本会計基準では個別財務諸表上の適用に関する特段の取扱いは設けないこととしました。
『重要性』についての論点
企業会計基準第24号 『会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準』のすべての項目について、財務諸表利用者の意思決定への影響に照らした重要性が考慮されます。
重要性の判断は、財務諸表に及ぼす金額的な面と質的な面の双方を考慮する必要があります。
金額的重要性には、損益への影響額又は累積的影響額が重要であるかどうかにより判断する考え方や、損益の趨勢に重要な影響を与えているかどうかにより判断する考え方のほか、財務諸表項目への影響が重要であるかどうかにより判断する考え方などがあります。
ただし、具体的な判断基準は、企業の個々の状況によって異なり得ると考えられます。
また、質的重要性は、企業の経営環境、財務諸表項目の性質、又は誤謬が生じた原因などにより判断することが考えられます。