ロールオーバー法とアイアン・カーテン法

前回に引き続き、企業会計基準第24号 『会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準』を中心に会計方針の変更、表示方法の変更、会計上の見積の変更等ついての解説をしていきたいと思います。

前回のコラムでは、会計方針の変更、表示方法の変更、会計上の見積の変更の定義がどのような議論を通じて定められたのかを見ていきましたが、今回は『誤謬』がテーマです。

『誤謬』は、財務諸表の誤りのうち、意図的であるものを不正、意図的でないものを誤謬と整理したうえで『誤謬』とされています。

特に今回は、誤謬の中でも非常に興味深い論点で会計的に応用が利く概念である米国基準のロールオーバー法とアイアン・カーテン法を解説していきます。

この一連のシリーズは、とにかく用語の定義が複雑でそれぞれの『誤謬』のような日常用語がテクニカルタームとして厳密な定義のもとで使用されます。

特に用語の定義については正確に理解し、一般的な意味で用いられる場合ときちんと区別して正確な概念によりコミュニケーションを行っていきましょう。

1.日本基準と国際会計基準の誤謬の違い

誤謬という概念ですが、実は我が国の会計基準において、企業会計基準第24号 『会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準』が定められるまでは会計上の定義はありませんでした。

これは、会計上の概念としてはあまりなじまず、実務上の必要性もなかったからと思われます。

誤謬の定義はしたがって、今回は監査方面から明確にしていきます。

日本公認会計士協会 監査基準委員会報告書第 35 号「財務諸表の監査における不正への対応」において、財務諸表の虚偽の表示は不正又は誤謬から生じると記載されています。

不正とは、意図的に行われた財務諸表の虚偽の表示の原因となる行為です。

誤謬とは、財務諸表の意図的でない虚偽の表示です。

誤謬には、記載がなされたうえでの誤りだけでなく、金額が抜けていたり、有報などの開示上あるべき注記が存在しないといった必須項目の脱漏も含まれます。

意図的でないかという観点で不正と誤謬は区別されますのできちんと理解しておきましょう。


一方、国際財務報告基準における誤謬は日本基準と類似するものの、微妙に異なる点もあるようです。

IAS第8号によれば過去の誤謬は、その時点で信頼性の高い情報を使用しなかったか、誤用があったことによる過去 1 期間又はそれ以上の期間についての財務諸表における脱漏又は虚偽表示と定義されます。

このIAS第8号の定義では、計算誤り、会計方針の適用の誤り、事実の見落とし、解釈の誤りが含まれるのに加えて、日本基準と異なり意図的であるかないかの違いは存在せず、不正行為の影響も含むような広い概念となっています。

2.米国基準と日本基準の誤謬の違い

続いて米国会計基準の定義も見ていきましょう。

米国基準の誤謬も日本基準や国際会計基準とほぼ同様の概念ですが、一般に公正妥当と認められない会計方針から一般に公正妥当と認められる会計方針への変更が含まれる点に特徴があります。

また、米国基準における誤謬では、ロールオーバー法とアイアン・カーテン法という2つの方法で誤謬の評価を行う点に特徴があります。

今回はこの米国基準に特徴的なロールオーバー法とアイアン・カーテン法の違いについて特に念入りに解説をしたいと思います。

ロールオーバー法とは、当期の未修正虚偽表示に加えて前期の未修正虚偽表示の影響も考慮して評価を行います。

アイアン・カーテン法は累積アプローチとも呼ばれ、当期の未修正虚偽表示の影響のみを考慮して評価を行います。

ロールオーバー法では、誤謬が重要であると評価された場合は重要な虚偽表示があるとみなされ、 誤謬が重要でないと評価された場合は、著しい虚偽表示があるとはみなされません。(当たり前のことを言っているようですが、この対比は次のアイアン・カーテン法において重要になります。)

対照的にアイアン・カーテン法による評価の場合には、当期の未修正虚偽表示の影響のみを考慮するので過去に公表された財務諸表に重要な虚偽表示があるか否かを直接評価することはありません。

アイアン・カーテン法の下では、過去に公表された財務諸表の誤謬の当期影響額を評価し、誤謬をどのように訂正すべきかを決定することになります。

これはロールオーバー法においては検出されなかった誤謬がアイアン・カーテン法においては誤謬として検出され得る可能性があることを示しています。

どういうことかというと、過去の各期間においても重要でないと評価された虚偽表示が累積されたことで、当期の累積的影響額として重要な虚偽表示となった場合、ロールオーバー法の下では重要でない虚偽表示がアイアン・カーテン法の下で重要であるという結論になり得るということを意味しています。

面倒なようですが、過去の少額の虚偽表示が累積して当期に重要な影響を与えるというのは、利息や減価償却といった毎期均等に行われるような会計処理においては往々にしてあり得ることであり、この両方のアプローチで検証を行う事は非常に重要になると思います。

なお、このケースのようにロールオーバー法の下では重要でない虚偽表示がアイアン・カーテン法の下で重要と評価された場合については、過去に公表された財務諸表を改訂することにより当該誤謬を訂正しなければならない点に留意しましょう。