海外居住者の暗号資産取引の源泉徴収

暗号資産は全世界的に取引が行われていますから、国境をまたぐ取引における課税関係が問題になることがよくあります。

たとえば海外在住の日本人で日本に居住地のない非居住者が、日本で保有する暗号資産の売却を行った場合はどうなるのでしょうか?

暗号資産は販売者のウォレットから購入者のウォレットに暗号通貨を送金し、対価として現金を受け取るれば売買を行うことができますが、こうした金融資産の譲渡においては所得税の源泉徴収が行われることがあります。

今回は、こうした国境をまたぐ暗号資産取引が行われる場合の源泉徴収について解説をしていきたいと思います。

1.源泉徴収とその趣旨について

所得税は、所得者自身が、その年の所得金額とこれに対する税額を計算して確定申告して納付する、いわゆる「申告納税制度」を原則とします。

一方で、所得税法上、特定の所得については、所得の支払の際に支払者が所得税を徴収して納付する源泉徴収制度が採用されています。

この源泉徴収制度の趣旨は、税金の支払い漏れ・徴収漏れを防止するためのものです。

もし、サラリーマンを含む国民一人一人に確定申告をさせて徴税した場合、現状と比べて確定申告をさばく国税庁や税務署のコストが膨大なものになるでしょうし、税務調査を実施しようにも対象となる個人が多すぎて実効性のある税務調査はできないと思われます。

そうなると脱税が横行し、正直に納税した人ほど経済的な不利益を被ってしまって課税の公平性を損なうことになるでしょう。

源泉徴収の具体的な手続きは、①給与や利子、配当、税理士報酬などの所得を対象に、②その所得を支払う際に所定の方法により所得税額を計算し、③支払金額からその所得税額を差し引いて国に納付するという形で行われます。

ただ、日本国内に住所や居所を有していない日本の税制上は非居住者に該当する者については、国内源泉所得についてのみ日本での納税義務が生じますが、冒頭で紹介したような日本国内での暗号通貨の送金手続きによる売買が国内源泉所得にするか否かについては、現時点では明確な規定が存在せず、確定的な判断はできないようです。

ただし、考え方についてある程度明らかになっていますので、どのように考えたらよいかについて解説をしたいと思います。

2.暗号資産を日本で売却した非居住者の源泉所得税の取扱いの考え方

取扱いを整理する上で、まず、ポイントになるのか、暗号資産取引が、資産の譲渡による所得に該当するか否かという点です。

資産の譲渡による所得であれば、取引時点での対象資産の所在場所で判定することになり、国内取引となって源泉徴収も必要という解釈になりますが、暗号資産の取引による所得は、通貨との相対的な関係により認識される損益であり、原則として雑所得に区分されています。

したがって、国内源泉所得の判断においても資産の譲渡による所得には該当しないと考えられます。

次に、資産の譲渡以外の所得とした場合、検討はしなければならないのが所得税の国内源泉所得の範囲です。

これについては所得税法第161条の第2号と第17号の検討が必要です。

まず第2号は、国内にある資産の運用または保有により生じる所得は国内源泉所得に該当すると規定し、所得税法施行令にその詳細も明示されています。

しかし、暗号資産取引は、そのいずれにも該当しないと解されます。

暗号資産はスマートフォンのウォレットのなかにあるのではなく、インターネット上にあるブロックチェーンというプラットフォームの記録(データ)であるため、国内にある資産とは言えず、第2号には該当しないと判断されるというのが通説です。

次に第17号について見ていきます。

第17号は、具体的な内容が所得税法施行令に次のとおり規定されています(所令289)。

①国内において行う業務または国内にある資産に関し受ける保険金、補償金または損害賠償金(これらに類するものを含む)に係る所得

②国内にある資産の法人からの贈与により取得する所得

③国内において発見された埋蔵物または国内において拾得された遺失物に係る所得

④国内において行う懸賞募集に基づいて懸賞として受ける金品その他の経済的な利益(旅行その他の役務の提供を内容とするもので、金品との選択ができないものとされているものを除く)に係る所得

⑤前3号に掲げるもののほか、国内においてした行為に伴い取得する一時所得

⑥前各号に掲げるもののほか、国内において行う業務または国内にある資産に関し供与を受ける経済的な利益に係る所得

上記のうち、①~⑤には該当しないと判断できますが、⑥については、包括的な規定となっているため、「国内において行う業務」に該当するか否かを明確に判断することができません。

暗号資産取引については、国内源泉所得、国外源泉所得の区分が明確でなく、今後の法整備が待たれるところとなります。

3.消費税の内外判定

最後に類似論点として、消費税の内外判定について見ていきたいと思います。

消費税では課税の有無等を確定するため、その取引が国内取引であるか国外取引であるかの内外判定が必要になります。

この内外判定は、取引を資産の譲渡または貸付の場合と、役務の提供の場合に区分して行います。

暗号資産取引は、消費税では、資産の譲渡に該当すると考えられますが、その場合、原則は譲渡の対象となった資産の譲渡の時における所在場所で判定することになります。

また、譲渡の時における所在場所が明らかでない場合は、譲渡等を行う者のその譲渡等に係る事務所等の所在場所で判定することになります。

暗号資産の本質は物理的実態のあるモノではなく、全世界で共有されているブロックチェーンというプラットホーム上の記録(データ)です。

したがって、消費税法上の解釈では、『所在場所が明らかでない場合』に該当することになり、その取引の当事者となった者のその譲渡等に係る事務所等の所在場所で判定することになります。

国内に住居や事務所がなく、仮にカフェなどで取引を行ったとしても、そのカフェは一時的に利用している場所にすぎないと解されます。

したがって、譲渡等に係る事務所等には該当しないため、国内取引には該当しないと考えられます。