実務指針第61号にみる暗号資産の定義
業種別委員会実務指針第61号『暗号資産交換業者の財務諸表監査に関する実務指針』では、資金決済に関する法律第2条第5項をそのまま参照する形で暗号資産の定義を以下のように定めています。
『一 物品を購入し、若しくは借り受け、又は役務の提供を受ける場合に、これらの代価の弁済のために不特定の者に対して使用することができ、かつ、不特定の者を相手方として購入及び売却を行うことができる財産的価値(電子機器その他の物に電子的方法により記録されているものに限り、本邦通貨及び外国通貨並びに通貨建資産を除く。次号において同じ。)であって、電子情報処理組織を用いて移転することができるもの
二 不特定の者を相手方として前号に掲げるものと相互に交換を行うことができる財産的価値であって、電子情報処理組織を用いて移転することができるもの』
今回の記事では、この暗号資産の定義を読み解く形で暗号資産の特徴について考えていきたいと思います。
暗号資産は通貨なのか?
一般に通貨として流通するためには下記のような要件を備えている必要があると言われます。
- 均質な単位による価値の表象が可能であること
- 携帯・交換が容易であること
- 経年劣化がないこと
- 発行量に関する総量規制がなされていること
- 盗難、模倣、過払いがされにくいこと
①は、通貨が持つ価値の交換機能という観点から必ず備えなければならない要件です。どの暗号資産も、例えばビットコインならBTCといった単位で金額を表しており、1BTCは誰が持っていても、どの国で使っても1BTCで共通です。
②と③は永続的な支払手段として機能するための要件で、暗号資産自身が電子決済手段として設計されていることから当然にこれらの要件は具備しています。
④は抑止不能なインフレを防止するために必要不可欠です。
もし暗号資産の発行量に上限がなかったら、希少性がなくなりその通貨への需要自体がなくなってしまいます。(極端に政情が不安定な国の通貨など、法定通貨でもこのような現象が稀に見られます。)
⑤も通貨として機能するためには当然に必要とされるものですが、通貨として機能させる際には最大のネックになる点でもあります。
法定通貨は偽造紙幣防止のために多大なコストをかけることでこの⑤をクリアしていますが、暗号資産は、高度な暗号技術を駆使したブロックチェーンの履歴管理によって極めて安価に、かつ安全に盗難、模倣、過払いのリスクの低減を可能にしています。
暗号資産は以上のように一般的な通貨の要件を満たしています。実務指針においても、『物品を購入し、・・・かつ、不特定の者を相手方として購入及び売却を行うことができる財産的価値』と定義されており、その会計的な性質として現金同等物に近いものと考えていることがうかがえます。
暗号資産と法定通貨の違い
暗号資産を理解するうえで、法定通貨との違いを知るのは非常に重要です。法定通貨と暗号資産には主に下記のような違いがあります。
①実態の有無
実務指針や資金決済法にも『電子機器その他の物に電子的方法により記録されているもの』と定義されているように暗号資産は、仮想ネットワーク上の取引履歴の集合体、バーチャルに譲渡・保管されるデジタルな価値体です。
②管理方式の違い
伝統的な法定通貨では、中央銀行が一元的に通貨の発行権限を担い市場に出回る通貨の量も中央銀行が管理します。
一方で、代表的な暗号資産であるビットコインでは特定の管理者はおらず、分散的な管理が行われています。中央のサーバーでの管理ではなく、個々のノード(パソコン等の機器)で管理が行われるため、システムが一度動き出したら自律的に作動し、世界のどこかで動いているノードがあれば半永久的に動き続けるという特徴があります。
一般的には上記のように、法定通貨=中央集権、暗号資産=非中央集権という図式が成立しますが、暗号資産の中にはXPR(リップル)のように中央集権的に運営されている暗号資産も存在するので注意が必要です。
③通貨の発行形態の違い
②とも絡みますが、法定通貨の発行権限は中央銀行のみが有しています。
中央銀行に通貨発行権限を独占させることで通貨供給量をコントロールし、無制限なインフレを抑止するのが現在各国で採用されている管理通貨制度です。
一方で暗号資産は、前述のようにあらかじめその発行量に上限が設けられています。
法定通貨のように国家による保証も現物との担保もない暗号資産の価値を維持するため、このような手段が択ばれました。
また、その発行については、マイニングと呼ばれる取引承認行為への報酬として通貨が発行されるという自律的なシステムが採用されています。
(これについてもイーサリアムなど発行量の上限のない暗号資産もあり、暗号資産が必ず発行上限を設けることで価値を担保しているという訳ではありません。)
なお実務指針の定義では、決済手段としての側面がフォーカスされ管理方式や発行形態の違いは意識されていません。
後述するように、実務指針における暗号資産の定義は、電子マネーのような前払式支払手段との違いを意識すると理解しやすい構成になっています。
暗号資産と前払式支払手段との違い
暗号資産と前払式支払手段(電子マネー)の違いとしては、下記の点が挙げられます。
①不特定の者に対する使用/不特定の者を相手方とする購入・売却
暗号資産となるか、前払式支払手段となるかの分水嶺として重要なキーとなるのが、『不特定の者』に対する使用や購入・売却が可能であるかという点です。法的には下記のような例示にしたがって判断するとされています。
・発行者と店舗等との間の契約等により、代価の弁済のために暗号資産を使用可能な店舗等が限定されていないか
・発行者が使用可能な店舗等を管理していないか
・発行者による制限なく、本邦通貨又は外国通貨との交換を行うことができるか
・本邦通貨又は外国通貨との交換市場が存在するか
不特定の者に対する使用といっても、法定通貨のように普遍的な決済手段として使用されることは求められておらず、
法定通貨との交換手段が確保され(取引所などが存在し)、使用できる店舗等があらかじめ限定されていなければよいというかなり緩い条件になっています。
しかし、例えばSuicaなどの交通系電子マネーは、決済システムに対応している加盟店のみで使用可能であるため『不特定の者』に対する使用、購入・売却という要件を満たせず暗号資産には当たらないということになります。
②本邦通貨及び外国通貨並びに通貨建資産ではないこと
この点でも、前払式支払手段(電子マネー)は暗号資産の定義を満たしません。
暗号資産は円やドルといった法定通貨単位とは別の通貨単位を用い、それ自身に需要と供給が存在するため投機対象にもなり得ます。
また、基軸通貨と価値連動させた暗号通貨、いわゆるステーブルコインについて金融庁は、海外の暗号資産メディア「Bitcoin.com」の取材に対し暗号資産とはみなされないという見解を示したそうです。(2018年10月29日)
これはドルや円とペッグしたステーブルコインが、本邦または外国通貨建資産であると考えると少なくとも定義上暗号資産ではなくなるため、すっきりと理解できます。
③2号暗号資産
実務指針が参照している『資金決済に関する法律第2条第5項2号』において、暗号資産は、『不特定の者を相手方として前号に掲げるものと相互に交換を行うことができる財産的価値であって、電子情報処理組織を用いて移転することができるもの』と定められています。実はこの定義も、暗号資産と前払式支払手段(電子マネー)との分水嶺の一つとなっています。
というのも、電子マネーは1号に掲げられているビットコイン等の暗号資産との相互の交換を行うことができないからです。
この2号暗号資産は、アルトコインといわれる多くのマイナーな暗号資産を法律上の暗号資産として扱うために定義されていると考えられます。
現状ほとんどの暗号資産の取引所ではビットコインが基軸通貨となっており、1号規定だけでは法定通貨との交換ができないアルトコインは全て暗号資産として扱われなくなるため、このような規定が設けられたようです。
特にICOした暗号資産が上場した場合などは一般的に、他の暗号資産との交換が可能となるため第2号暗号資産に該当し、その後は法律上・会計上、暗号資産としての取り扱いが必要になるので注意が必要です。
いかがでしたか?
暗号資産はまだ誕生して間もなく、例えばステーブルコインのように暗号資産として扱うべきではないかという議論が行われている類似物も多く存在しています。
したがって、今回解説した暗号資産の定義も今後大きな変化がみられる可能性があります。
われわれも、常に最新情報をアップデートしつつ皆様に有益な情報提供ができればと考えています。