暗号資産交換業者に対する財務諸表監査上の留意点について
改正資金決済法の規制により暗号資産交換業者は、事業年度ごとに暗号資産交換業に関する報告書を作成し、内閣総理大臣に提出しなければなりませんが、当該報告書に含まれる「財務に関する書類」には公認会計士又は監査法人の監査報告書を添付する必要があるため、暗号資産交換業者は監査法人又は公認会計士の財務諸表に関する監査を受けなければならないことになります。*1
「暗号資産交換業者の財務諸表監査に関する実務指針」(業種別委員会実務指針第61号、以下「実務指針61号」といいます。)には、暗号資産交換業者の規制環境、事業特性、事業上のリスク及び特有の内部統制を十分に理解した上で、適切なリスク対応手続を実施する必要があることが記載されていますが、巨額の暗号資産が流出するなどの事件が実際に発生したことなども鑑みると、特に暗号資産交換業者の内部管理体制、言い換えると監査上の前提となる内部統制が適切に整備・運用されていることが強く求められます。
1 暗号資産交換業者の財務諸表監査に関する実務指針
実務指針61号では、公認会計士または監査法人(以下「監査人」といいます。)が暗号資産交換業者に対して財務諸表監査を実施する上で留意しなければならないポイントについて記載されています。
監査人による監査の目的は、暗号資産交換業者が作成した財務諸表の適正性をみることです。
監査人は登録された暗号資産交換業者と監査契約をしますので、監査契約を締結するには、まず暗号資産交換業者の登録をする必要があります。
以下では、監査契約を締結し、暗号資産交換業や関連する会計又は監査に関して専門的知識を備えた監査チームがつくられたあと行われる監査を実施する上でのポイントを述べていきます。
2 企業及び企業環境の理解と重要な虚偽表示リスクの評価における留意事項
監査人には、監査にあたってそれぞれの企業及び企業環境を理解することが求められています。
そのため、暗号資産交換業者の規制環境、事業特性、事業上のリスクを考慮することが重要と考えています(実務指針61号⑮)。
また監査人は、ITを利用することが欠かせない暗号資産交換業者特有の内部統制を十分に理解しながら監査に臨みます (実務指針61号⑰)。
(1)暗号資産交換業者の規制環境、事業特性、事業上のリスク
監査人が、監査において留意する内容については、以下のような例があり、留意する必要があります。(実務指針61号⑮)。
- 暗号資産交換業者が遵守しなければならない規制の変更の影響
- 暗号資産交換業者に係る会計基準や開示基準の改正等の可能性
- 暗号資産取引システムに係るリスク
- 組織犯罪等に利用されるリスク
- ブロックチェーンの性質に関連したリスク
(2)暗号資産交換業に特有の内部統制
実務指針61号付録2に暗号資産交換業者特有の内部統制の具体例についてまとめられていますが、監査人は、その内部統制を理解するだけでなく、取り扱う暗号資産それぞれの技術的特徴、アドレスの管理方法など暗号資産の全般的な管理及び保有状況を理解することが重要だと述べられています(実務指針61号⑰・⑱・付録2)。
また、監査にあたり、監査人には、業務を情報システムを利用して遂行する場合が多い暗号資産交換業者の監査にあたっては、業務に利用されているITシステムについて十分に理解することが求められていますので、企業等においては業務の内容や管理・運用について整理しわかりやすくしておくことが必要かと思います。
場合によっては専門家の業務を利用することもあります。外部に委託してITシステムを利用している場合は外部委託先の情報システム等も監査の対象となります。
(3)特別な検討を必要とするリスク
監査人は、リスク評価の過程で虚偽表示リスクを識別し、それが特別な検討を必要とするリスクか否かを検討することになりますが、利用者保護の必要など業種的な特異性から暗号資産交換業者においては以下の3項目について、一般的に『特別な検討を必要とするリスク』であると判断されています(実務指針61号㉓)。
- 収益の発生
- 暗号資産の実在性
- 暗号資産の評価
3 リスク対応手続における留意事項
監査人は、例えば『勘定科目残高』『取引種類』『財務諸表』等から判断、評価した重要な虚偽表示リスクに応じて、実施するリスク対応手続の種類、時期及び範囲を立案し実施しなければならないこととされています(実務指針61号㉔)。
暗号資産交換業者の監査においては、上記で示した3つのことは、重要な虚偽表示リスクと捉えていています。
リスク対応手続は以下のような事項に留意しながら行われます。
(1)内部統制の運用評価手続における留意事項
監査人は、収益の発生、暗号資産の実在性及び暗号資産の評価に特に留意して、暗号資産交換業者の暗号資産取引に関する内部統制の運用評価手続を実施することになります。
特に留意する必要があるのは、上記に示した収益の発生、暗号資産の実在性及び暗号資産の評価です。(実務指針61号㉕)。
また、暗号資産交換業者の暗号資産取引は、ITを利用して一貫して行なわれるため自動化されていることがほとんどではないでしょうか。
そのため、人為的に入力されたデータをシステムが機械的に照合・チェックする機能など業務処理統制の自動化について理解し、企業の内部統制のデザイン・業務への適用や運用の有効性を評価することになります。
全般統制の運用状況、つまり業務処理統制が有効に機能している環境の統制活動の有効性の検討を行うことになります(実務指針61号㉕)。
(2)実証手続における留意事項
暗号資産交換業者において、通常特別な検討を必要とするリスクと考えられている①収益の発生、②暗号資産の実在性、③暗号資産の評価に対応する実証手続の例示が、実務指針61号付録3~5に掲載されています。
なお、これらはあくまで例示です。実際には、それぞれの暗号資産交換業者の実情に応じた追加修正等をして実証手続を行っていくことになります。
*1 これとは別に、暗号資産交換業者における利用者の財産と自己の財産の分別管理の状況について、公認会計士又は監査法人による暗号資産交換業者における利用者財産の分別管理に係る合意された手続業務による監査(その詳細は、専門業務実務指針4462 「暗号資産交換業者における利用者財産及び履行保証暗号資産の分別管理に係る合意された手続き業務に関する実務指針」参照)が求められますが、今回の記事は財務諸表監査についての留意点について記載しています。