買収後の無形資産の評価について①

少子高齢化社会という背景もあり、中小企業のM&Aが昨今非常に盛んになっています。

また、上場企業においても、グロース市場の整備やエンジェル投資の浸透などベンチャー企業の資金調達手段も増加し、資本市場がより一層の発達を遂げていることもあり、M&Aを利用した成長加速投資もますます盛んになっています。

今回は、何回かのシリーズに分けて、企業買収に関する一連の会計処理の解説をしていきたいと思います。

1.買収が行われた場合の会計処理

企業買収の実務には、合併から株式交換などの株式取得による子会社化まで様々な形態がありますが、会計上は連結財務諸表を作成する、または企業結合により貸借対照表を取り込む点で類似するところがあります。

特に注意すべきなのは、買収対象会社の貸借対照表を取り込む際に、取得価額と簿価が異なるために生じる差額についてどのような処理をすればよいかという点です。

以前(2010年4月より施行された企業結合基準の前)は、これらの差額はのれんとして処理されていましたが、IFRS(国際会計基準)の影響もあり、日本でも上記の企業結合基準の改正により、PPA(Purchase Price Allocation)が原則として要求されるようになりました。

現在では、PPAが必須とされるIFRSを採用する企業も増加しており、日本でもPPAの実務が定着しつつありますが、企業結合自体が他の決算処理と違い毎年行われる処理でないこともあってまだまだ完全に定着しているとは言えない状況にあります。

更に、昨今会計不正が頻発していることを受けて、監査法人の監査が厳格化しており、PPAが重要なアサーションとして重視されてもいます。

まずはこのPPA(日本語では『取得原価の配分』ですが)について解説をしていきたいと思います。

2.PPAの概要

PPAとは具体的には、M&Aにおける買収対価(買収価額)を、買収対象企業の資産及び負債の基準日時点における時価を基礎として、買収対象企業の資産及び負債に配分する手続きと定義できます。

このときの資産や負債は、買収した会社の貸借対照表に計上されているものだけではなく、商品のブランドや顧客リスト、生産技術のノウハウなど、簿外の資産、負債も含みます。

ここがPPAの難しい点で、市場価格など明確な時価が存在するものは通常簿外資産にはなりませんから、簿外の資産、負債を時価評価するとなると、将来キャッシュフローなどを利用してその適正な時価を見積もらなければならなくなります。

そういった困難は伴いますが、PPAの大きな利点として、M&Aを実施した会社が買収先のどのような資産・負債を、どのような金額で購入したかが示されることにより、その買収目的を明らかにできるというものがあります。

というのも企業買収は通常、土地や建物、現預金、有価証券などの実物資産を目的として行われることは稀で(そういった資産が目的であれば実物資産をそのものを購入すればよい。)、ノウハウや顧客、特許、質の高い従業員など通常は財務諸表に反映されない様々な無形価値を目的として行われるからです。

企業買収における買収対象会社の取得原価は、その会社の全体の価値の評価しかなされれず、個々の資産や負債を明示的に評価することは行われないのが普通ですから、PPAによりこの個別の資産・負債の評価が可能になるという訳です。

会計上も、買収後のグループ決算に数値を取り込むためには、個々の受入資産・負債の価額を評価しなければなりませんから、無形資産も含めた適正な時価評価は企業結合直後のグループ財務諸表に企業実態を反映させるために必要となります。

3.無形資産の評価

このPPAを行う際に特に重要になるのが、買収した会社における簿外の無形資産をどのように把握し評価するかという点です。

実は、PPAを検討するといった場合、それは無形資産の把握と評価をどのように行うかを検討することといっても過言ではないでしょう。

この理由は、PPAにおいて時価評価を行った場合に、通常は無形資産の評価が財務諸表に与える金額的なインパクトが圧倒的に大きいためです。

PPAにおいては無形資産以外の資産負債も当然に時価評価しますが、これらは仮に時価評価をしたところで、簿価が半分なったり倍になったりするケースは稀で、財務諸表に占める比率が極端に大きいものでない限り、全体への金額的な影響はそこまで大きくないのが普通です。

他方で無形資産は、買収対象会社が過去に買収を行って無形資産を計上していない限り簿価はゼロです。すなわち、時価がそのまま時価簿価差額となるため、財務諸表に与える影響は非常に大きくなります。

なお、PPAにおける重要な手続である無形資産の評価は以下の2つのプロセスから形成されていますが、これらの手続きを通じてどのように識別、評価を行っていくかについては次回以降に解説をしていきたいと思います。

⑴買収目的や対象企業の実態を分析して識別すべき無形資産を特定する「無形資産の識別プロセス」
⑵識別された無形資産を定量的に評価する「無形資産の測定プロセス」