暗号資産のデリバティブ取引について
リスクヘッジから投機目的まで、様々な金融商品を通じてデリバティブ取引が行われています。当然、暗号資産に関してもデリバティブ取引の対象となり得ますが、実際の会計処理としてはどのように行うべきなのでしょうか。
今回のコラムでは、「暗号資産取引業における主要な経理処理例示」に基づき、昨今問題になりつつある暗号資産のデリバティブ取引の会計処理を具体的なケースごとに見ていきたいと思います。
1.デリバティブ取引とは
デリバティブとは金融派生商品のことで、目的に応じて様々な金融商品により構成されるものをいいます。
先物取引、スワップ取引、オプション取引をはじめ様々な種類のものがありますが、共通する特徴として金利や為替相場等の変動により価値が変動するというものが挙げられます。
デリバティブ取引は、一般的に下記の3類型に分類されると言われています。
- ヘッジ目的のデリバティブ取引(ヘッジ対象の損益の相殺を目的とするデリバティブ取引)
- 投機目的のデリバティブ取引(スペキュレーションともいいます。少額の投資をもとに多額の利益を得ることを目的とするデリバティブ取引)
- 裁定取引(アービトラージともいいます。市場価値と比較して割高もしくは割安の金融商品を売買することによって利益を得ることを目的とするデリバティブ取引)
これだけですと、スペキュレーションとアービトラージの違いが分かりにくいですが、スペキュレーションは先物取引などに代表され、価格変動を予測し、短期の売買を繰り返すことにより利益を得ることを目的とした取引(レバレッジをかけてリスクを負って高い利ザヤを目指すこともあります。)、アービトラージは、たとえばTOPIX先物と日経225先物など、同一の性質をもつ2つの商品の間の価格差を利用して利益をあげるものです。
デリバティブといっても金融商品の一種であるため、原則として契約時に発生を認識し、期末で時価評価して評価差額を当期の損益として計上するという基本は変わりません。
ただし、1.ヘッジ目的のデリバティブ取引のうち、ヘッジ会計の要件を満たすものについては評価差額を繰り延べ、ヘッジ対象の損益が計上されるタイミングに合わせて損益として処理することができます。
ヘッジ会計の趣旨ですが、取引によって生じる将来のキャッシュ・フローが市場相場の変動等により影響を受ける場合、これと逆の動きをする取引をしてキャッシュ・フローの変動による影響を相殺することを目的に企業がデリバティブ取引を利用しているため、その実態を会計処理にも反映させるということになりっます。
ヘッジの対象となる取引をヘッジ対象、手段となる取引をヘッジ手段と呼び、後者のヘッジ手段となるのがデリバティブ取引です。
ヘッジ手段であるデリバティブ取引は原則として毎期末に時価評価され、評価差額がP/Lに計上されますが、ヘッジ対象については必ずしもそうではありません。(例えばその他有価証券の場合、評価差額はその他有価証券評価差額金としてP/Lを通さず、B/S計上されます。)
そこで、ヘッジ手段とヘッジ対象の損益計上のタイミングを合わせることによりヘッジの効果をP/Lに適切に反映させるヘッジ会計が必要となります。
なお、現行実務においては、ヘッジ目的のデリバティブ取引に暗号資産を利用するケースは稀であると考えられるため、会計処理としては一般的なデリバティブについて解説していきます。
2.暗号資産のデリバティブ取引に係る具体的な会計処理
(1) 利用者の証拠金及び証拠暗号資産の管理
① 利用者から証拠金を受け入れたとき
受け入れた証拠金は、暗号資産交換業者にとってはいずれ返却しなければならない負債であるため、受入保証金として計上します。
また、受け取ったキャッシュは会社ではなく顧客に帰属するものであるため顧客分別金信託として別建てで管理します。
現預金 ✕✕✕ 受 入 保 証 金 ✕✕✕
顧 客 分 別 金 信 託 ✕✕✕ 現 預 金 ✕✕✕
② 利用者から証拠金の代用として暗号資産(以下「証拠暗号資産」という。)を受け入れたとき
①と同様に、顧客預かり資産と返却義務を両建てします。
利 用 者 暗 号 資 産 ✕✕✕ 受入保証 暗 号 資 産 ✕✕✕
③ 利用者からの預り金を証拠金として振り替えたとき
利用者からの預り金を受入保証金に、顧客分別信託を利用区分管理信託へそれぞれ振り替えます。
利 用 者 か ら の 預 り 金 ✕✕✕ 受 入 保 証 金 ✕✕✕
顧 客 分 別 金 信 託 ✕✕✕ 利用者区分管理信託 ✕✕✕
④ 利用者からの預り暗号資産を証拠暗号資産として振り替えたとき
実態を反映し、利用者からの預り暗号資産を受入保証暗号資産へ振り替えます。
利用者からの預り暗号資産 ✕✕✕ 受入保証 暗 号 資 産 ✕✕✕
(2) 取引契約日の処理
建玉・想定元本に係る経理処理は行いません。契約日においては、原資産との間に差額は生じないので貸借ともにゼロと考えると分かりやすいと思います。
(3)デリバティブ取引に係る決済差金の処理
① 利用者との取引の場合
◇利益が出た場合の処理
利用者の預かり資産が減少し、暗号資産交換業者はキャッシュの増加とそれに伴う利益を獲得します。
受 入 保 証 金 ✕✕✕ 暗号資産 売 買 等 損 益 ✕✕✕
現預金 ✕✕✕ 顧 客 分 別 金 信 託 ✕✕✕
◇損失が出た場合の処理
利用者の預かり資産が減少し、暗号資産交換業者にはキャッシュの減少とそれに伴う損失が発生します。
暗号資産 売 買 等 損 益 ✕✕✕ 受 入 保 証 金 ✕✕✕
顧 客 分 別 金 信 託 ✕✕✕ 現 預 金 ✕✕✕
② 他の暗号資産取引業者等との取引の場合
自社が利用者の立場となるので、売買損益とともに差入保証金が増減します。
◇利益が出た場合の処理
差 入 保 証 金 ✕✕✕ 暗号資産 売 買 等 損 益 ✕✕✕
◇損失が出た場合の処理
暗号資産 売 買 等 損 益 ✕✕✕ 差 入 保 証 金 ✕✕✕
③ 利用者同士の取引に係る処理
「顧客分別金信託」と「受入保証金」間での経理処理は発生しません。委託手数料を利用者から預かり金から受け取る場合は、顧客分別金信託から委託手数料分を現預金に振り替えなければなりません。
現預金 ✕✕✕ 顧 客 分 別 金 信 託 ✕✕✕
受 入 保 証 金 ✕✕✕ 委 託 手 数 料 ✕✕✕
(4) 毎月末及び期末の処理
毎月末及び期末における未決済建玉について、みなし決済損益を算定します。みなし決済損益については、翌月初及び翌期首に振り戻すことを忘れないようにしてください。
① みなし決済利益の場合
デ リ バ テ ィ ブ 取 引 ✕✕✕ 暗号資産 売 買 等 損 益 ✕✕✕
② みなし決済損失の場合
暗号資産 売 買 等 損 益 ✕✕✕ デ リ バ テ ィ ブ 取 引 ✕✕✕