暗号資産の監査における企業及び企業環境の理解について

財務諸表監査を行う上で監査人たる会計士は、企業及び企業環境の理解が必須となります。

限られた監査資源の中で効果的かつ効率的な監査を行うため、監査人はリスクアプローチ*1による監査を行いますが、その中で適切な監査資源を配分するためには企業及び企業環境の理解が重要になります。

 

*1 よりリスクの高い事象に人や時間を多く投入することによって監査の実効性を保つ考え方

 

『監査人は、財務諸表全体レベルの重要な虚偽表示リスクと、アサーション・レベル(財務諸表項目レベル、すなわち取引種類、勘定残高、開示等に関連するアサーションごと)の重要な虚偽表示リスクを識別し評価する基礎を得るために、リスク評価手続を実施しなければならない(監基報315)。』

 

とあるように、優れた監査人は重要性の強弱を適切に判断することにより、より少ない監査資源(人や時間)で高いレベルの保証水準を担保することができます。

 

今回の記事では、暗号資産の監査において、企業及び企業環境の理解がどのようになされるかについて考えていきたいと思います。

 

1.重要な虚偽表示リスクの識別と評価

 

監査人は、監査計画時及び監査期間全体を通じて、重要な虚偽表示リスクの評価を行います。

 

重要な虚偽表示リスクは、企業の開示情報の中に、財務諸表利用者が許容できないレベルの大きな虚偽の表示がどの程度の確率で存在するかという仮定の確率であり、①財務諸表全体レベルの重要な虚偽表示リスクと②アサーションレベルの重要な虚偽表示リスクに分かれます。

 

①財務諸表全体レベルの重要な虚偽表示リスクは、その名の通り財務諸表全体に重要な虚偽表示リスクがどの程度あり得るかという確率を示し、②アサーションレベルの重要な虚偽表示リスクは、売掛金や棚卸資産といった財務諸表項目レベルでの重要な虚偽表示リスクの評価です。

 

算定された②アサーションレベルの重要な虚偽表示リスクを積み上げることにより、①財務諸表全体レベルが構成され、それらの重要な虚偽表示リスクに応じた監査手続が立案、実行されます。

 

そして、この重要な虚偽表示リスクの算定において重要なのが、企業及び企業環境の理解です。

監査人は、企業とその周辺環境(規制、競合、市場、企業内のガバナンスの状況など)を的確に理解することにより、企業自身の置かれているリスクと、ひいてはそれらが財務諸表に与える影響とを評価できるようになるからです。

 

2.暗号資産監査における企業環境

 

暗号資産の監査に企業環境理解における特有の事象を論点別にまとめてみました。

 

⑴法的規制

暗号資産交換業者はまず、「資金決済に関する法律」(貸金決済法)の規定に従わなければなりません。

また、暗号資産交換業者の業務に関する規制として、①情報の安全管理のために必要な措置、②利用者への情報提供と保護、そして業務の適正かつ確実な遂行を確保するための体制、③顧客の暗号資産の分別管理義務と、その状況に対する公認会計士または監査法人の監査を受ける義務等が定められています。

監査上は、対象企業において様々な法令順守がなされているかだけでなく、その改正等に対して対応できるだけの内部統制があるかどうかについても重要となります。

加えて、暗号資産に関する法規制は国によっても異なりますので、企業の担当者及び監査人は、海外での暗号資産取引が行われている場合には、当該国での規制についても十分な理解をしていなければなりません。

 

⑵会計基準

暗号資産交換業者に適用される財務報告の枠組みが、我が国において一般に公正妥当と認められる企業会計の

基準である場合(一般企業と同様の水準の開示を行う場合)、暗号資産に関連する実務対応報告に従う必要があります。

暗号資産取引に関する会計基準の整備等はまだ端緒についたばかりです。今後、新しい基準の整備や実務対応報告の改正等が行われる可能性は十分にあります。

今後の改正に向けての議論の方向性も含め、企業の担当者及び監査人は、基準の新設・改正等にも適切に対応する必要があります。

 

⑶取引とその依拠するシステム

電子的に記録、移転されることを特徴とする暗号資産の一連の取引は、暗号資産交換業者の整備した取引システムを通じて自動化されています。

しかし、こうした暗号資産交換業者の有する独自の取引システムは、取次先の取引所等の外部システム、または内部の会計システムとの間に、業務処理過程における不整合を起こす可能性も懸念されます。

企業環境の理解においては、取引システム自体の理解に止まらず、外部システムや既存の内部システムとの連携も含めた幅広い理解が必要となります。

 

⑷マネーロンダリング/テロ資金供与等への不正対応

資金決済法は、2017年、2019年に立て続けに改正されていますが、マネーロンダリング/テロ資金供与等の不正利用の防止という国際的な要請への対応という側面があります。

2017年の改正では暗号資産交換業者に対して、口座開設時の本人確認義務、本人確認記録および取引記録の作成・保存、疑わしい取引の司法当局への届出、社内規則の整備、研修の実施、統括管理者の選任といった体制整備が義務づけられました。

また、2019年の改正では、他人のために暗号資産の管理業務を行うカストディ業者も、暗号資産交換業者としてAML/CFT規制*2に従わなければならないことになりました。

これらの規制についても今後情勢に応じた改正等がなされる可能性があるため、既存の法令やその代表的な不正の手口等への理解に止まらず、常に情報のアップデートが必要となります。

 

*2 AML(Anti Money Laundering):マネーロンダリングの防止策

*2 CFT(Counter Financing of Terrorism):テロ資金供与対策

 

⑸高秘匿性暗号資産

秘匿性の高いブロックチェーン技術を使用している場合、取引記録が確認できないリスクがある点に留意する必要があります。