暗号資産交換業者の登録コストについて(総論)
暗号資産の普及に伴い、マウントゴックス事件やコインチェック事件のような暗号資産の流出・ハッキングの問題が大きくなってきました。
また、暗号資産がブラックマネーとして犯罪資金に利用されたり、マネーロンダリングの手段になったりといった問題に対しても懸念が表明されるようになりました。
こうした諸問題に対処するため、2度の資金決済法の改正などにより、暗号資産交換業者登録が義務付けられることになりました。
今回は、この登録義務を満たした場合に、具体的にどのようなコストが発生するかについて見ていきたいと思います。
1.暗号資産交換業者の登録義務化
令和2年5月1日から改正資金決済法および改正金融商品取引法が施行されることに伴って、暗号資産交換業者に対し、①利用者の金銭の信託、②利用者の暗号資産の分別管理、③履行保証暗号資産の分別管理などの対応が義務付けられるようになりました。
また、暗号資産デリバティブ取引を業として行う暗号資産交換業者については、上記に加え第一種金融商品取引業者としての対応も義務付けられました。
これらの対応を行った場合には、具体的にどのようなコストが生じることになるのでしょうか。
2.取引時確認や不公正取引管理のコスト
暗号資産交換業者は犯罪収益移転防止法の特定事業者に該当するので、取引時確認が必須となります。
具体的には口座開設時の本人確認書類を受領するだけでは足りず、反社チェックも必要になってきます。
不公正取引に対応するためには、システム構築や参照すべきデータベースの入手、場合によっては当該業務を行う管理者・作業者の採用が必要になってきます。
また、こうした専門性の高い業務を適切に実施するにはオペレーションやシステムのノウハウが不可欠ですので、社内にノウハウが不足している場合は、コンサルタント等との契約も必要になるかもしれません。
特に金融関連業の経験がない事業者が暗号資産交換業に参入する場合は、これらの目に見えないコストが想定以上にふくらみ、収支を圧迫するケースがあるようです。
3.監査契約及び顧問弁護士契約等のコスト
暗号資産交換業者は、顧客から預かっている暗号資産の管理方法について年一回の分別管理監査を受けなければなりません。
法令上の義務であり、例外規定はないため監査法人との契約が必要となります。
しかしながら、分別管理監査は監査法人にとって一般的な監査ではないため、対応できる監査法人が限られているのが現状です。費用も相対的に高額になることが多いようです。
このような事情から、暗号資産交換業への参入前には、契約可能な監査法人との事前折衝を行う方が安全です。
また、顧問弁護士に登録申請やコンプライアンス態勢の整備を委託する場合にも相応のコストがかかってきます。
暗号資産に精通している弁護士も数が少ないので、こちらについても顧問契約を受諾できる弁護士について、事前に当たりをつけておくのが無難と思われます。
4.人件費及び協会加入のコスト
暗号資産交換業者として活動を始めるということは、顧客から大量の暗号資産を預かったり、取引に関与することを意味します。
暗号資産交換業者として登録するということは、金融商品取引法等や資金決済法が適用され、通常の事業会社以上に高いレベルの法令遵守が求められるようになります。
また、暗号資産に関する法令、制度は非常に専門的で新しい分野であるため、金融業を元々営んでいたような企業であってもノウハウが不足していることが多く、様々な専門的知識・経験を有する人材の確保が必要になってきます。
金融関連法務の長い経験を有し暗号資産の知見も有する有識者、ブロックチェーン等の知識を有する金融関連システムの専門家などは人材市場に出てくることも少なく、採用にも時間とコストがかかるのが通常です。
さらに業務によっては複数の人員が必要になるものもあるため、必要とされる業務から逆算した人員の採用計画を立案し、ある程度保守的に見積もったそれらのコストを十分に回収し得る売上や資金が確保できるのかを検討する必要があります。
システム人員の確保ができない場合は、外部委託も選択肢の一つです。
しかし金融のシステムベンダの単価は決して安くありませんし、暗号資産に対応できるノウハウのある業者は少ないので、外注で必ずしもコストが下がる訳ではないことは留意する必要があります。
暗号資産交換所は世界中の至るところからハッキング攻撃の対象になっているため、現物を扱っている伝統的な証券会社よりも一般的にリスクは高く、システムや専門家への投資は必要不可欠です。
指摘を受けて後からシステム構築をやり直すとさらにコストがかさむため、初期費用が高くても最初からノウハウのあるきちんとした業者に依頼する方がよいでしょう。
これらに加え、一般社団法人日本暗号資産取引業協会の会費負担もコスト計算に入れた方が無難です。
協会への加入は法令上の義務ではありませんが、加入状況や加入のメリットを考えると基本的には加入の方向で検討するのが一般的で、多くの業者が協会に加入しています。
※1 コインチェック事件とは?
コインチェック事件とは、平成30年1月26日に仮想通貨のNEMがハッキングされて盗まれた事件のことをいいいます。
被害額は約580億円にもなり、この事件を受けて金融庁はコインチェックに対し業務改善命令を出し、内部管理体制の見直しを指示しました。
その被害額の大きさなどから連日報道され、暗号資産に対する危険な印象や不信感を与える出来事となりました。