暗号資産に含み益がある場合の税務上の論点

給与所得者などの個人が保有する暗号資産に含み益がある場合に、税務上はどのように取り扱われるでしょうか。また、逆に含み損が出た場合には含み益がある場合と同様に取り扱われるのでしょうか。

今回は、企業ではなく個人が暗号資産を保有する場合の含み益(含み損)の取り扱いについて解説していきたいと思います。

1.企業会計における含み益の取り扱い

今回のテーマについて理解するためには、前提条件として企業会計における含み益の位置づけについて理解する必要があります。

例えば、販売用の棚卸資産などが典型ですが、通常は商品は仕入原価で貸借対照表上は評価され、含み益は認識されません。(含み益を認識するということは、商品を原価ではなく売価で評価することに他ならないから。)

ところが、売買目的有価証券など、随時換金可能な市場がある一部の換金性の高い金融商品については、企業会計では例外的に含み益を認識(すなわち時価評価)を行います。

これは、売却時期をコントロールすることにより経営者が一種の利益操作を可能にすることを防止するとともに、含み損のある有価証券をいつまでの売却しないことにより損失を将来に繰り延べることを回避するために導入されていると理解すればひとまず問題はないと思います。(より深遠な会計上の議論はここでは割愛します。)

個人の場合は、出資者がいるわけではなく年間の損益算定の必要性はもっぱら税務上の観点からという事になるため、会計=税務と考えられます。

詳細な解説は次章以降に行いますが、このような企業会計処理上の前提がある中で企業会計における原則を個人の税務申告上も貫徹するか否かというのが今回のトピックの主要な論点ということになります。

2.所得税の取扱い

所得税法では、所得税法第36条においてその年分の各種所得の金額の計算上収入金額または総収入金額に算入すべき金額を定めています。さらに、所得税法基本通達において収入金額の収入すべき時期についても細かく規定をしています。

前回のコラムでも述べたように、暗号資産の売却による収入については、事業所得等の各種所得の基因となる行為に付随して生じる場合を除き、原則として雑所得となります。

この雑所得の収入すべき時期については、所得税基本通達36-14において規定されています。

具体的には、公的年金等以外の雑所得については、第2項において「その収入の態様に応じ、他の所得の収入金額又は総収入金額の収入すべき時期の取扱いに準じて判定した日」となっています。

「他の所得の収入金額又は総収入金額の収入すべき時期の取扱いに準じて判定した日」とありますので、どの所得に準じて判定するかが重要となります。

暗号資産は税務上は支払手段という位置付けとなります。

したがって、その譲渡については、雑所得以外では譲渡所得が取引の形態としては類似していると思われます。

そして、譲渡所得については、所得税基本通達36-12において、「山林所得又は譲渡所得の総収入金額の収入すべき時期は、山林所得又は譲渡所得の基因となる資産の引渡しがあった日によるものととする。」と規定されています。

このことから、資産の引渡しの事実に基づいて収入すべき時期を判定することになりますので、資産の引渡しの事実が無く、保有し続けている状態での含み益または含み損については、収入すべき時期が到来していませんので、所得税法において課税関係は生じないということになります。

なお、「納税者の選択により、当該資産の譲渡に関する契約の効力発生の日…により総収入金額に算入して申告があったときは、これを認める。」とも規定されていますが、この場合でも資産の引渡しに係る契約締結を前提としていますので、保有しているだけで資産の引渡しにかかる契約をしていない場合にもこのことには該当しないこととなります。

【結論のまとめ】

所得税法では、原則として所得の起因となる資産の引渡しがあった日を総収入金額の収入すべき時期として規定しています。したがって、暗号資産の売却や交換等を行わず、単に保有している状態では含み益または含み損があったとしても、所得税法において課税関係は生じません。

上記のような結論は実務を考えても妥当と思われます。

というのも、もし企業会計の含み益と同様のルールを個人の保有する暗号資産に対しても適用すると、含み益が実現し売却による利益がキャッシュとして手元にないにもかかわらず、キャッシュによる納税をしなければならなくなり、結果としてやむを得ず暗号資産を売却しなければならないという事になり、税制が個人の意思決定や市場の価格形成に大きな影響を与えてしまうことになるからです。

このような理由から、暗号資産に限らず、個人の金融資産全般については含み益課税ではなく、実現利益への課税が原則となります。

3.消費税の取扱い

消費税法において、消費税の課税対象とは原則として、以下4つの要件について全てを満たすものとされています。

  1. 国内における取引であること
  2. 事業者が事業として行うものであること
  3. 対価を得て行われるものであること
  4. 資産の譲渡及び貸付ならびに役務の提供であること

今回のケースにおいては、そもそも資産の引渡しの事実が発生しておらず、保有している資産における含み益または含み損の認識は、資産の譲渡等に該当しないため消費税については課税対象外になります。