暗号資産交換業者の財務諸表監査に関する実務指針について①

暗号資産交換業者における財務諸表の監査をするにあたり、業種別委員会実務指針第61号 「暗号資産交換業者の財務諸表監査に関する実務指針」が指針となります。

当該実務指針は資金決済に関する法律(以下「資金決済法」という。)、会社法又は金融商品取引法に基づいて行われる、財務諸表の監査に関する実務上の指針を提供するものです。

 

当該実務指針の適用範囲

当該実務指針の適用に関連する報告書には以下のものがあります。

※当該実務指針は、監査基準委員会報告書に記載された要求事項を遵守するに当たって、当該要求事項及び適用指針と併せて適用するための指針を示すものであり、新たな要求事項はありません。

・品質管理基準委員会報告書第1号「監査事務所における品質管理」(以下「品基報」という。)

・ 監査基準委員会報告書210「監査業務の契約条件の合意」(以下「監基報210」と いう。)

・ 監査基準委員会報告書220「監査業務における品質管理」(以下「監基報220」と いう。)

・ 監査基準委員会報告書315「企業及び企業環境の理解を通じた重要な虚偽表示リ スクの識別と評価」(以下「監基報315」という。)

・ 監査基準委員会報告書330「評価したリスクに対応する監査人の手続」(以下「監 基報330」という。)

・ 監査基準委員会報告書402「業務を委託している企業の監査上の考慮事項」(以下 「監基報402」という。)

また、上記以外にも個々の監査業務に関連する全ての監査基準委員会報告書(監査基準委員会報告書200「財務諸表監査における総括的な目的」第17項から第19項及び第21項)と合わせて理解することが求められています。

 

対象となる暗号資産

暗号資産交換業者の財務諸表監査において、当該実務指針が対象とする「暗号資産」とは、資金決済法に規定する全ての暗号資産となります。

なお、実務対応報告第38号「資金決済法における仮想通貨の会計処理等に関する当面の取扱い」(以下「実務対応報告」という。)第3項では、暗号資産交換業者自身(関係会社を含む)が発行した資金決済法に規定する暗号資産は、実務対応報告の対象から除かれていますが、当該実務指針における暗号資産の対象には含まれることに注意が必要です。

 

暗号資産交換業者に関わる監査制度

2020年5月に資金決済法の改正が行われ、暗号資産が法律上定義されるとともに、暗号資産交換業者に対する様々な規制が導入されました。

その中で、暗号資産交換業者は事業年度ごとに暗号資産交換業に関する報告書を作成し、内閣総理大臣に提出しなければならないとされ、当該報告書には公認会計士又は監査法人の監査報告書を添付した「財務に関する書類」を含めることが必要となりました。

なお、暗号資産交換業者は利用者の財産、履行保証暗号資産及び自己の財産の分別管理の状況について、公認会計士又は監査法人による「暗号資産交換業者における利用者財産の分割管理に係る合意された手続き業務」を受けることが求められます。

当該合意された手続業務に関する実務指針としては、専門業務実務指針4461「暗号資産交換業者における利用者財産及び履行保証暗号資産の分別管理に係る合意された手続業務に関する実務指針」が公表されています。

 

暗号資産交換業者の財務諸表監査における特質

ポイント①

実務対応報告第27項によると、暗号資産は現時点において私法上の位置付けが明確ではなく、暗号資産に何らかの法律上の財産権を認め得るか否かについては明らかでないものと考えられています。

しかし会計上は、売買・ 換金を通じて資金の獲得に貢献する場合も考えられるため、暗号資産を会計上の資産として取り扱いするものとされています。

 

ポイント②

暗号資産交換業者(関係会社を含む)が発行した資金決済法に規定する暗号資産に関しては、実務対応報告の対象外となっているため、当該暗号資産の会計処理については別途の検討を行うこととななります。

暗号資産交換業者(関係会社を含む)による暗号資産の発行には様々な形態があると考えられるため、経営者が選択して適用した会計処理方針が、その事象や取引の実態を適切に反映するものであるかについて、監査人は自己の判断で評価することになります。

 

ポイント③

暗号資産の取引は、暗号資産交換業者の利用者が保有する暗号資産の受け入れ、又 は引き出し、暗号資産交換業者間での取引(暗号資産の差入れ又は引出し及び相対での暗号資産の売買を含むが、他の暗号資産交換業者が運営する暗号資産販売所における暗号資産の売買は含まない)、自社が保有するアドレス間での暗号資産の移動などを行う際に、パブリック型のブロックチェーン等(以下「ブロックチェーン等」という。) に記録されます。

ブロックチェーン等の記録は暗号資産交換業者の外部で作成される情報であるため、暗号資産交換業者の財務諸表監査においては、通常、暗号資産の取引記録又は残高に関する監査証拠としてブロックチェーン等の記録を利用します。

ブロックチェーン等の記録には特定の管理者が存在せず、次のような特徴があります。

(1) 暗号資産の発行及び発行後のアドレス間の移動を伴う取引は全てブロックチェ ーン等に記録される。

(2) ブロックチェーン等の記録は、不特定のネットワーク参加者の間で共有される。ネットワークの参加者が相互に監視し合うことで、ブロックチェーン等の記録の改竄が行われにくい仕組みであると認識されている。

ブロックチェーン等の記録を監査証拠として利用する場合には、このような特徴を理解した上で、例えば暗号資産の種類ごとに技術的な仕様等の仕組み(コンセンサスアルゴリズム、取引記録の追跡可能性など)、暗号資産の開発者によって形成されたコミュニティによるプログラムのバグの対応状況、流通状況などを考慮し、信頼性について検討することが重要となります。

 

公認会計士又は監査法人による監査の目的は、暗号資産交換業者の作成する財務諸表の適正性に関する意見を表明することであり、暗号資産交換業者が保有又は取引する暗号資産及びその基盤となるブロックチェーン等の記録に関して何ら保証を与えるものではありません。

暗号資産はネットワーク上にあるブロックチェーン等の記録であり、 過去にはハッキングにより暗号資産の流失が生じるといった事件が起きています。また、 ネットワークの参加者のコンピュータによる演算能力の50%超を占有することによって、ブロックチェーン上で実行された正当な取引が承認されることを防いだり、自身の実行した不正な取引を承認したりすることが可能になることが知られています。

暗号資産交換業者の財務諸表の適正性に関する意見を表明することは、これらのリスクの有無について何ら保証を与えるものではないことに注意が必要です。