企業価値評価とPPA目的の無形資産評価の相違点②

前回に引き続き、企業価値評価と無形資産の評価の相違点について解説をしていきたいと思います。

前回は、2つの評価アプローチの相違点のうち、評価アプローチを適用するためのデータ収集可能性の違いについて途中まで解説をしていました。

1.

1.評価アプローチにおけるデータの収集可能性から生じる相違点(続き)

続いて、マーケット・アプローチの適用可能性について、解説をしていきたいと思います。


上場会社の企業価値評価においては、市場株価を参照することが可能であるため比較的客観性の高い市場株価法を採用することができる点に特徴があります。

また、非上場会社の場合でも、その会社に類似する上場会社があれば、その市場株価を参考にして企業価値を算定することが可能です。

このように企業価値評価においては、上場会社であっても非上場会社であっても基本的にマーケット・アプローチを採用することが可能です。


一方、無形資産については、我が国における無形資産の売買取引はほとんどないため、無形資産の市場価格の形成は実務上非常に困難です。

また、類似する無形資産の取引価格情報の入手自体も同時に困難で、無形資産評価におけるマーケット・アプローチの採用には難しい面があることは否めません。

将来我が国において、無形資産の取引が存在するようになれば、マーケット・アプローチを適用することが可能となりますが、企業価値評価の場合と異なり、現状ではそもそも無形資産の評価にマーケット・アプローチを採用すること自体が困難であると言わざるを得ません。


最後にインカム・アプローチの適用可能性について、解説をしていきたいと思います。


企業価値評価においてインカム・アプローチを適用する場合、将来キャッシュ・フローの見積りが可能な場合が多いのが特徴です。(ほとんどの会社は何らかの形で貸借対照表と損益計算書を作成していると思われますから、ほぼ確実に可能といっても過言ではないでしょう。)


無形資産評価においても、一般的に将来キャッシュ・フローの見積りは可能であり、無形資産評価においてインカム・アプローチを適用されることが多いと考えられます。


なお、研究開発活動の途中段階の成果については、販売による収益見込みが不確実ですから、将来のキャッシュ・フローを見積もることが困難です。

これは、研究開発段階のバイオベンチャーの企業価値評価においても同様です。

インカム・アプローチについては、企業価値評価と無形資産の評価で大きな違いはないと言っていいでしょう。

2.評価アプローチにおける評価法の違い

企業価値評価でも無形資産評価でも、評価アプローチは三つに区分される点に違いはありません。しかし、評価対象が異なることから、各アプローチにおける評価法が実は異なります。

(1) 企業価値評価における評価(単一法、併用法、折衷法)
企業価値評価は、様々なアプローチから多面的な分析を行い、それぞれの評価結果を比較検討しながら最終的に総合評価するのが一般的です。この総合評価の方法として次のようなものがあります。

① 単独法
単独法は、インカム・アプローチ、マーケット・アプローチ、コスト・アプローチに分類されている評価法のいずれか一つの評価法を単独で適用し、それをもって総合評価の結果とする方法です。


② 併用法
併用法は、複数の評価法を適用し、一定の幅をもって算出されたそれぞれの評価結果の重複等を考慮しながら評価結果を導く方法です。


③ 折衷法
折衷法は、複数の評価法を適用し、それぞれの評価結果に一定の折衷割合(加重平均値)を適用する方法です。


(2) PPA目的の無形資産評価における総合評価
取引目的の無形資産評価を行う場合には、取引目的の企業価値評価と同様、複数の評価法で算定し、その結果を併用法によって評価幅(レンジ)で報告するのが一般的です。

それに対して、裁判目的の場合には裁判所からの鑑定事項に「評価額の鑑定」と記載されることが多く、PPA目的の無形資産評価の場合には、評価額(ワン・プライス)で報告するのが一般的です。


PPAにおける無形資産の評価においては、一般的に観察可能な市場価格がないため、合理的に算定された価額を時価とみなすことになりますが、この場合の合理的に算定された価額は、独立第三者間取引に基づく公正な評価額と整合するものでなければならないため、客観性を重視した評価が要請されることになります。


PPAにおける無形資産の評価においても、複数の評価法を併用する場合もありますが、その場合には、企業価値評価における総合評価と基本的には同様の取扱い(併用法か折衷法)がされると考えられます。


以上は理論的な話ですが、実務的にはPPAにおける無形資産評価の場合、識別された無形資産毎に一つの評価法を単独で採用し、それをもって総合評価とする単独法が一般的です。


例えば、ある会社がPPAを実施しその過程で無形資産評価をする際に、識別された無形資産がブランドと顧客リストであったとします。この場合には、ブランドについてはロイヤルティ免除法を採用し、顧客リストについては超過収益法を採用するのが一般的です。

(3) PPA目的の無形資産評価におけるワン・プライス採用の留意点
PPA目的の無形資産評価の場合、上記のとおり、ワン・プライスで報告する場合が一般的です。

総合評価として単独法を採用し評価結果がワン・プライスの場合には特に問題はないのですが、複数の評価結果を基にワン・プライスを算定する場合には、折衷割合を検討することになります。

折衷割合の決定に際しては、画一的、機械的に決定できるものではないので、算定人の専門性や経験によるところが大きくなります。

その場合、算定人の判断が恣意的で不合理なものとならないよう留意する必要があります。