企業価値評価とPPA目的の無形資産評価の相違点①

前回までの一連のコラムにおいて、PPAと無形資産の評価方法について解説してきました。

その際の例示として、企業価値評価とPPAにおける無形資産評価を対比させていただきましたが、今回はこの二つの評価方法の相違点を見ていくことでより深くPPAの理解を進めたいと思います。

1.企業価値評価とPPAの無形資産の評価

企業価値評価は一般的には、事業譲渡や組織再編を行う場合に価格決定の材料として利用されます。

一方で、無形資産評価は、他のコラムでも解説したように、PPAの過程で識別可能な無形資産を算定するために行われます。


PPA目的の無形資産の評価実務は我が国ではまだ日が浅く、あまり浸透していないこともあって企業価値評価と混同されがちですが(そして、過去の本コラムにおいても敢えて説明の簡略化のこの二つを同一のものとして説明しましたが)、この両者の違いを理解することで無形資産評価の特徴をより深く理解することができると考えられます。

2.利用目的と評価時期から生じる相違点について

前項でも解説したように、企業価値評価は、評価対象会社の株式や評価対象事業の売買価格を決定するための参考情報の提供を目的として行われます。

換言すると、取引の価格交渉に利用することが目的とされるため、企業価値評価は企業結合前、実務上はM&A等のディールが終了する前(いわゆるクロージング前)に行われる点に特徴があります。


一方、PPA目的の無形資産評価は、M&A会計に基づいて「法律上の権利など分離して譲渡可能な無形資産」の評価として行われますから、M&A会計に基づいて実施される無形資産の計上は、企業結合日以降、つまり、ディールが終了した後(クロージング後)に行われることになります。

また、PPAを行うには、前回以前の一連のコラムでも解説したように、インタビューや各種資料の収集、それらの分析といった膨大な作業が発生するため、相応の時間が必要となります。

このような趣旨から、無形資産の評価はあくまで企業結合日以後1年以内に実施されることが許容されるものであり、「企業結合日以後の決算において、配分が完了していなかった場合は、その時点で入手可能な合理的な情報等に基づき暫定的な会計処理を行い、その後追加的に入手した情報等に基づき配分額を確定させる」ことが認められています。

このように、両者はその算定時点が大きく違う点に一つの特徴があります。

3.評価対象から生じる相違点

企業価値は、事業から創出される価値(事業価値)に非事業資産の価値を加えた企業全体の価値と定義されます。

また、類似の概念である株主価値は、企業価値から有利子負債等を差し引いた株主に帰属する価値と定義されます。

M&A会計における「被取得企業又は取得した事業の取得原価」は、事業価値又は株主価値の概念に対応するものと考えて差し支えありませんが、いずれの解釈を採る場合でもm事業から得られる利益やキャッシュ・フローが価値の源泉となる点に変わりはありません。

たとえば事業価値は、企業が保有する事業用資産を使用して創出される価値ですから、インカム・アプローチによる評価では、将来創出されるキャッシュ・フローをもって創出される価値として評価されることになります。

この場合のキャッシュ・フローに基づく事業価値は、貸借対照表に計上される事業資産に帰属する価値とそれ以外の価値(超過収益力等)から構成され、後者がのれんとななります。


このように企業価値評価の評価対象は、企業全体の価値であり、理論的にも実務的にも、インカム・アプローチで使用される割引率は、加重平均資本コスト(WACC)が用いられることになります。


一方、PPAにおいて認識する無形資産は、「法律上の権利など分離して譲渡可能な無形資産」です。

PPAにおける無形資産評価は、譲渡可能な個々の資産を評価対象とするものです。

したがって、無形資産評価におけるインカム・アプローチで使用される割引率は、必ずしもWACCではなく個々の資産の期待収益率(リスクの大小)によることになります。

そして、一般的に無形資産はリスクの大きい資産が多いので、その割引率はWACCより高い傾向にあります。

4.評価アプローチにおけるデータの収集可能性から生じる相違点

企業価値評価においても無形資産評価においても、評価アプローチが、コスト・アプローチ、マーケット・アプローチ及びインカム・アプローチの三つのアプローチから成る点については相違ありません。

しかし一方で、各評価アプローチにおけるデータ収集の可能性には、企業価値評価と無形資産評価ではいくつかの違いがあります。

まず第一に、コスト・アプローチの適用可能性という点で違いがあります。


企業価値評価においてコスト・アプローチは、評価対象企業(事業)の貸借対照表に基づいて適用されるため適用可能性は比較的高いといえます。


一方、PPAにおいて無形資産を評価する場合に適用されるコスト・アプローチでは、同じ効用又は機能を有する無形資産を代替取得する場合の発生コストの評価を行う事になります。

無形資産評価において代替取得する発生コストであれば、一定程度であれば見積りが可能ですから適用可能性は高いのではないかと推測することもできます。

しかし、この見積は、陳腐化による価値の減額調整を行った上で無形資産を評価することになるため、この減額調整における見積りが困難で実現不可能な場合が実務上は多いです。


例えば商標権の場合、マーケティング・コスト等をかけたとしても同じ商標の経済的便益が得られるとは限らず、減額調整の見積りは正直困難です。(②につづく)