上場準備企業における会計上のリスクについて
上場準備企業が上場までに行わなければならない様々な体制整備の中でも、制度会計への対応はリスクの高い領域の一つです。
一般的に上場に失敗する大きな要因の一つに、この制度会計への対応が十分にできないリスクが挙げられることが多いです。
正確な会計処理と開示を行う社内体制の不備は、Ⅰの部等で開示される売上や利益に直接影響を及ぼす項目であることもあって、上場審査上も厳格にチェックされる項目の一つです。
そのため、公認会計士または監査法人による監査が求められ、専門家の厳しい視点で制度会計に対応した体制と会計処理が行えているかについて監査が行われます。
会計上の誤りや不備は、修正作業も非常に工数のかかるものが多く、決められた期日までに対応できず上場失敗に繋がりやすいエラーです。
投資家保護の観点からも、これらの不備や誤謬が見逃されることはまずありませんので、制度会計に十分に対応できる社内体制を事前に整備しておくことが何よりも大切です。
今回のコラムでは、上場準備企業が特に注意すべき会計上のリスクについて解説したいと思います。
1.会計処理上の計上根拠資料の不足・不備
上場企業においては、会計処理を行った場合には、必ずその根拠となる資料が求められます。
会計士や監査法人による監査では、サンプル抽出した取引について企業側に計上根拠となる証憑提出が求められ、もし提出できなければ、架空計上が疑われることとなります。
監査期間内にこの疑惑を晴らすことができなければ、会計士や監査法人は適正意見を出せませんから、上場準備企業なら審査に通りませんし、上場企業であれば上場廃止となります。
こうした最悪の事態を防ぐには、会計処理と根拠資料の関連を明確にするための証憑の整理・保管を行い、後から確認できる形にしておかなければいけません。
また、上場前の企業にはありがちですが、口頭での契約を結んでいるだけといった過去の契約や取引についても、契約相手と交渉し、契約書等を作成することが望ましいです。
借入金などの貸借対照表項目は過去から累積していきますから、場合によっては何年も遡らなければならないケースもあるでしょう。
業態によっては極めて負荷の大きな作業になりますが、原則として、上場するならば全ての会計処理に対して根拠証憑が整理・保管されている必要があります。
2.内容不明の勘定残高
上場準備企業でよくあるのが、賃借対照表上の資産/負債の中に内容不明な残高が残存しているという状況です。
仮払金、仮受金、事業主借、事業主貸といった勘定は特に注意が必要で、不明残のまま会計監査に臨んでしまうと、厳格な会計監査に通らない可能性が生じます。
過去の帳簿等をさかのぼって調査・把握し、貸借対照表に不明残が残らないようにしましょう。
3.実地棚卸が不正確
棚卸資産は内部統制の必須項目の一つであり、また会計上も、棚卸資産の金額を意図的に操作することで売上総利益や営業利益といった投資判断に重要な影響をおよぼす項目に直接影響を与えることができるので、実地棚卸は必ず正確に行われないといけません。
棚卸を行う上で特に、カウント漏れや重複に注意し、二重チェックのシステムを構築するなどして、正確性を向上させる必要があります。
4.受払記録が整備されていない
近年では、棚卸資産を社内で管理するのではなく外部倉庫を利用しているケースも多いと思います。
外部倉庫で管理を行う場合、毎月の棚卸高は外部倉庫のデータベースを取得すれば入手可能であるため、入出庫の受払記録については入手していない会社もあるようです。
しかし、上場するにあたっては、実地棚卸だけではなく、在庫の受払記録を作成することも重要です。
この両者を比較しながら管理することによってはじめて、正確な在庫の把握が可能となるからです。
受払記録との照合がなされた信頼性のある在庫記録の確認を公認会計士や監査法人ができない場合には、監査において非常に不利になることがあります。
5.固定資産管理体制が未整備
固定資産台帳はあるが、現物が確認できない場合もあるようです。
上場企業においては、当然実態が適時に台帳に把握されていなければならず、特に固定資産については金額が大きいことも多く、減価償却等を通じて何年にもわたって利益に影響を及ぼすため重要性が高いです。
現物との一致が確認できない事態が万が一判明したら、台帳を確認しながら現物をチェックし、過不足がないよう台帳を修正したうえで、適切な管理を行える体制を再構築する必要があります。
6.連結決算体制の不備
連結決算を行うには信頼性のある情報を子会社及び関連会社から取得する必要があります。
そのためには親会社だけでなく、子会社及び関連会社にも、適時に信頼性のある会計情報を集計し、親会社に提供できるだけの十分な内部管理体制が構築されていなければなりません。
また連結決算を行っていく上で、連結財務諸表に関する会計基準に従った連結範囲がどこまでなのかについても明確に確定させる必要があります。
場合によっては株式の移動なども必要な場合があり、急には対応できないこともありますし、連結範囲の検討については上場後も継続的に見直し、検討を行う必要があるため社内でもノウハウの蓄積が必須となります。
したがって、早い段階で専門家等に指導を仰ぎ、子会社及び関連会社の連結範囲を明確化するとともに、社内においてもこれらを検討できるだけの体制整備を行う必要があります。
どちらの体制整備についても、時間や手間のかかる作業であり、特に上場準備に際しては、早めの準備をしなくてはなりません。