上場企業会計の解説-資産除去債務の簡便的処理について-

企業が上場準備フェーズに入る段階になると、様々な面で会計処理の整備が必要になります。

 

今回は、多くの企業においてよく問題とされる建物等の賃貸借契約を行っている際の原状回復義務の見積金額について、(原則的には資産除去債務を計上すべきところ)敷金から控除する簡便処理の解説を行います。

 

上場に当たっては、資産除去債務基準に則った会計処理が必要であるため本来は原状回復費用を独立して資産除去債務として計上しなければなりませんが、これを全てのケースにおいて徹底すると会計処理が煩雑になるため、敷金との相殺を認めたものです。

 

それでは、改めて詳細を見ていきましょう。

 

1.敷金を資産計上しているときの簡便処理

建物等の賃借契約において、当該賃借建物等に係る有形固定資産(内部造作等)の除去などの原状回復が契約で要求されていることから、当該有形固定資産に関連する資産除去債務を計上しなければならない場合があります。

 

この場合において、当該賃借契約に関連する敷金が資産計上されているときは、当該計上額に関連する部分について、資産・負債両建て方式(資産除去債務の負債計上およびこれに対応する除去費用の資産計上)に代えて、当該敷金の回収が最終的に見込めないと認められる金額を合理的に見積り、そのうち当期の負担に属する金額を費用に計上する方法によることができるものとされています(「資産除去債務に関する会計基準の適用指針」9項)。

 

企業会計基準委員会の説明によれば、「当該処理は多数存在すると考えられる賃借不動産に関する実務上の負荷を考慮して設けられた簡便的な取扱いであり、敷金の多くが最終的に原状回復費用に充当されるということが想定される場合に適用される処理です。

 

実質的な相殺処理となるので、あくまで敷金の大半が原状回復に使用されなければならず、これを充足しない場合は資産除去債務を別建てしなければなりません。

 

上記は、重要性の観点とのバランスで設けられた規定であり(以下省略)」と説明されています(企業会計基準委員会「公開草案のコメントに対する対応」30)。

 

2.具体的な会計処理の内容

具体的な会計処理は、次の通りです。

敷金の金額のうち原状回復に充てられるため回収が見込まれない金額を合理的に見積もり、その金額を同種の賃借建物等への平均的な入居期間などの合理的な期間にわたって償却していきます。

 

実務上の負担が軽減できること、総資産および総負債の額が原則的な処理に比べて少なくなり、総資産利益率(ROA)などの指標にもプラスの影響が生じることなどから、一般的には多くの企業が採用しています。

 

具体的な設例を示すと、次の通りです。

設例 賃借建物に係る原状回復費用の処理

 

1. 前提条件

甲社は乙社との間でA建物の不動産賃貸借契約を締結し、20X1年4月1日から賃借しています。

また、甲社は同日に5,000を、乙社に敷金として支払っています。

敷金のうち3,000について原状回復費用に充てられるため返還が見込めないと判断されました。甲社の同種の賃借建物等への平均的な入居期間は10年と見積られています。(甲社の決算日は3月31日)

 

2. 会計処理

(1) 20X1年4月1日
甲社はA建物の賃貸借契約に関連して乙社に敷金を支払っているため、資産計上を行いました。

 

 

敷金が計上されているため、ここでは、資産除去債務の負債計上およびこれに対応する除去費用の資産計上を行わない方法、すなわち簡便的な処理によることとしました。

 

(2) 20X2年3月31日
敷金のうち3,000について原状回復費用に充てられるため返還が見込めないと認められたことから、甲社の同種の賃借建物等への平均的な入居期間(10年)で費用配分することとしました。

次のように、年間300ずつ敷金の償却を行うことになります。

 

3.敷金の額よりも原状回復費用の見積額が上回る場合の取扱い

敷金の額よりも原状回復費用の見積額が上回る場合は、敷金と資産除去債務が精算しきれないと考えられたため、この簡便処理によることは認められず、原則的な処理による必要がある点には留意が必要です。

 

また、①敷金の一部については敷金の額よりも原状回復費用の見積額が上回るものの、②一部については敷金の額よりも原状回復費用の見積額が下回る場合には、会計方針の統一の問題とは考えないのが現行の考え方です。

 

したがって①について原則的な処理を適用し、②について簡便的な処理を適用することは認められると考えられます。

 

4.税効果会計との関係について

当該敷金の回収が最終的に見込めないと認められる金額を合理的に見積り、そのうち当期の負担に属する金額を費用に計上する方法による費用計上額は、債務確定基準の観点から、税務上は原則として損金不算入となり、法人税申告書別表4で加算調整することになると考えられます。

 

別表4で加算(留保)した額は、別表5(1)の利益積立金額の増加として積み上がっていきますが、その賃借建物から退去し返還不能額が確定した段階で、一括して認容されることになると考えられます。

 

従って、別表5(1)上で調整額として残る額が、税効果会計における将来減算一時差異となり、繰延税金資産の回収可能性を判断した上で、回収可能性があると判断される額について繰延税金資産を計上することになると考えられます。

 

実務上はこの敷金の簡便的処理のみ行って税効果会計については処理漏れが発生するケースが多いので、特にIPO初年度に新たに簡便的処理を採用する場合には、税効果への影響についても処理漏れがないよう注意しましょう。