暗号資産交換業者に関する監査制度総論

暗号資産の監査制度はまだ始まって間もないこともあり、専門家の間でも必ずしも知られていないマイナーな論点となります。

 

今回のコラムでは、暗号資産交換業者の監査制度について、総論的に論点を整理してみました。

 

1. 暗号資産交換業者に関わる監査制度の開始

暗号資産監査制度は、2017年4月1日の資金決済法の改正により、「暗号資産」が法律上定義されたことに端を発します。

法律上の暗号資産が定義されたので、適切な財務諸表が作成されているか否かについて、暗号資産についても監査の必要性が出てきたました。

 

同時に暗号資産交換業者に対する種々の規制が導入されましたが、それに伴い暗号資産交換業者は、事業年度ごとに暗号資産交換業に関する報告書を作成し、内閣総理大臣に提出しなければならないとされ(資金決済法第63条の14第1項)、また、当該報告書に対して公認会計士又は監査法人の監査報告書の添付も当然に要求されることになりました。

また、暗号資産交換業者が預かった利用者の財産、履行保証暗号資産及び自己の財産の分別管理の状況について、公認会計士又は監査法人による暗号資産交換業者における利用者財産の分別管理に係る合意された手続業務を受けることが求められるようになりました。

 

これに伴って、専門業務実務指針4461「暗号資産交換業者における利用者財産及び履行保証暗号資産の分別管理に係る合意された手続業務に関する実務指針」の公表もなされています。

 

2.暗号資産交換業者の財務諸表監査における特質

暗号資産は、現時点において私法上の位置付けが明確でないといわれています。

暗号資産に何らかの法律上の財産権を認め得るか否かについては、まだはっきりとした見解が存在しません。

 

とはいえ、暗号資産が法律上の権利に該当するかどうかは明らかでないといっても、売買・換金を通じて資金の獲得に貢献することは事実です。

したがって、暗号資産を会計上の資産として取り扱うのが一般的です。

 

ただし、自己の発行した資金決済法に規定する暗号資産に関しては、別の取り扱いが定められています。

自己発行の暗号資産は、現状様々な形態があると考えられるため、経営者が選択し、適用した会計処理方針がその事象や取引の実態を適切に反映するものであるかどうかについて、監査人は個別事例を見ながら自己の判断で評価しなければなりません。

 

3.ブロックチェーンを用いた暗号資産監査の特徴

暗号資産の取引は、パブリック型のブロックチェーンに記録されます。

ブロックチェーンは、「中央に特定の帳簿管理主体を置くかわりに、複数の参加者による『分散型』での帳簿管理を可能とする技術」と定義されます。

 

データの破壊・改ざんが極めて困難なこと、障害によって停止する可能性が低いシステムが容易に実現可能等の特徴を持つ画期的な技術です。

 

ブロックチェーンの記録には特定の管理者が存在しないため、次のような特徴を有しています。

⑴ 暗号資産の発行及び発行後のアドレス間の移動を伴う取引は全てブロックチェーンに記録されます。

⑵ ブロックチェーン等の記録は、不特定のネットワーク参加者の間で共有されます。

⑶ネットワークの参加者が相互に監視し合うことで、ブロックチェーン等の記録の改竄が行われにくいです。

 

ブロックチェーンの記録は、暗号資産交換業者の外部で作成される情報ですから、暗号資産交換業者の財務諸表監査を行う場合は、暗号資産の取引記録又は残高に関する監査証拠としてブロックチェーンの記録を利用することになります。

 

ブロックチェーンは、その改竄不可能性、追跡可能性から、透明性の高さシステムを構築できるとされていますが、一方で、多くの企業はブロックチェーンに対する理解や知見の不足から、関連規制や内部統制に課題を抱えているとも言われています。

 

監査上は、特に内部統制面での慎重な対応が求められますし、ブロックチェーン等の記録を監査証拠として利用する場合には、、暗号資産の種類ごとに技術的な仕様等の仕組み(コンセンサスアルゴリズム、取引記録の追跡可能性など)、暗号資産の開発者によって形成されたコミュニティによるプログラムのバグの対応状況、流通状況などを考慮して、信頼性について検討することが重要となります。

 

4.財務諸表監査の目的との関連

公認会計士又は監査法人による監査の目的は、暗号資産交換業者の作成する財務諸表の適正性に関する意見を表明することであり、暗号資産交換業者が保有又は取引する暗号資産及びその基盤となるブロックチェーン等の記録に関して何ら保証を与えるものでないことは、監査報告書等を利用する投資家をはじめとするステークホルダーが理解しておかなければならない重要なポイントです。

 

暗号資産はネットワーク上にあるブロックチェーン等の記録に過ぎません。

そして過去には、暗号資産を利用したコミュニティにおいてプラットフォームの脆弱性を突かれ、ハッキングにより暗号資産の流失が生じるといった事件が起きたこともあるようなある意味で脆弱性を抱えたシステムです。

技術的には、ネットワークの参加者のコンピュータによる演算能力の50%超を占有することによって、ブロックチェーン上で実行された正当な取引が承認されることを防いだり、自身の実行した不正な取引を承認したりすることも可能です。

 

暗号資産交換業者の財務諸表の適正性に関する意見を表明することは、これらのリスクの有無について何ら保証を与えるものではない点については留意が必要です。