上場準備時のリスク管理体制について

上場準備企業の直面する問題の一つに、リスク管理体制の構築・運用があります。

今回は、上場準備企業が備えるべきリスク管理体制について解説していきたいと思います。

1.リスク管理体制

上場するにあたっては、経営上の様々なリスクを適切に把握して対応できる体制の構築が必要になります。

上場企業になると、有価証券報告書の「事業等のリスク」においてリスクとなる事項の開示も必要となりますので、開示という点からもリスク・コンプライアンス委員会などの調査・諮問機関を設置し、リスクの共有、検討を行っていくのが望ましいと思われます。

とはいえ上場準備企業の場合、リソースが限られているのが普通です。

どの程度の精度でどの程度のリソースを割くのかが問われると思います。

個人的には、上述したように開示と密接に結びつく部分ですので、遅くともN-1期中の四半期開示前には最低減のリスクマトリクスなどを作成し、事業上のリスクの洗い出しなどを継続して行うことが重要と思われます。

2.リスク管理体制の整備プロセスの留意点

ではリスク管理体制を構築をしていく上で、具体的にはどういった事を行う必要があるでしょうか?

現代社会において刻々と変化するリスク群に対処し、リスクを先取りして対処するための仕組みがリスクマネジメントですから、他企業の事例も含め整備・構築プロセスを理解しておくことは非常に重要です。

よく使われる一般的なリスクの定義として、「事態の発生確率とその結果の組合せ」というものがあります。


例えば貸倒リスクを例に考えてみると、まず、「事態の発生確率」とは、貸倒がどれくらいの確率で
発生するかということで、「その結果」とは、貸倒の結果どの程度の損害が会社に生じるのかということになります。

リスクとはその二つの「組合せ」ですから、発生が予測される損害額に貸倒の発生確率を乗じた期待値が、数学的な意味での火災リスクの意味ということになります。


とはいえ一口にリスクといっても、必ずしも上記のように定量化、数値化できるとは限りません。

たとえば、昨今問題視されることの多いハラスメントなどは、企業全体でみれば直接的な金銭的損害はない、または僅少で済むケースが多いですが、ブランド既存やレピュテーションリスクなどを考えると企業経営上、極めて甚大な悪影響を及ぼす可能性があります。

また、一つの事象も立場によって捉え方が全く異なる可能性があり、部門によってリスクの捉え方が異なる場合や、利害が一致しないことも想定されます。

たとえば、受注で業績評価される営業部にとっては貸倒はマイナスにならない、また場合によっては、貸倒リスクが高くても受注できれば評価が高くなる可能性もあるので、プラスにすらなり得るということが考えられます。

ここにリスクマネジメントの難しさの一因があるといえます。

したがって、各担当者・部門によって捉え方の異なるリスクについて、組織として全体最適となるような判断基準を設けた上で、事業部の担当者それぞれが目線を合わせつつリスクマネジメントを推進していくことが重要です。

3.具体的なリスクの把握と体制の整備

2.で述べたようなことに留意しつつ、リスクの把握を行います。

リスクには、下記のようなものがあります。

⑴事故・災害リスク  火災、洪水、地震といった災害や、交通事故・航空機事故・労働災害・通信途絶・コンピュータダウンなどの事故によるリスクがこれに該当します。発生確率は低いものの、発生時の被害は大きなものが多いです。
⑵訴訟リスク  製造物責任訴訟、知的財産権訴訟、環境汚染責任、その他利益侵害による訴訟提起や規制違反などが該当します。業種により注意すべき法令等はかなり異なり、また専門家の助言が必須のリスクとなります。
⑶財務リスク  投機失敗、不良債権の発生、企業買収、株価の急変、資産の陳腐化などです。リスクと収益性が一般的には比例する関係にあり、一方でヘッジなど金融的な手段による損失回避が可能なことが多く、期待値計算が重要になります。
⑸経済リスク 金利変動、為替変動、税制改正、経済関連の外部要因などがこれに該当します。ヘッジによる回避、専門家の助言なども必要ですが、普段から現預金比率を高めたり、経営上過度にリスクを取らないことも重要になります。
⑹労務リスク 雇用差別問題の発生、セクハラ、役職員の不正、労働争議など。発生した時点では手遅れになっていることも多いため、事前防止の仕組みや不正等を許さない健全な社風を醸成することが大切です。
⑺政治リスク 戦争、動乱、制度改正、貿易制限、非関税障壁・外圧など。政治と深いかかわりのあるビジネスを行う場合、国や地方自治体などとのパイプを確保し、また情報収集を積極的に行うことが必要です。
⑻社会リスク  企業脅迫、誘拐、テロ、機密漏洩、産業スパイなど。情報管理の徹底や政治リスクの高い国へは進出しないなどの対策も必要になります。

実務的には、管掌役員など事業の全体を把握できる役職者が中心となってリスクの洗い出し、評価を行い、経営陣にてレビューする体制を整備するのが一般的です。

また、これらを効率的に審議するための機関としてリスク管理委員会の設置も重要となります。

リスク管理委員会では、各部門と連携を取りつつリスク管理を支援していきます。

通常は、責任と権限を持って、社内の各部門から的確に情報を収集する機能を有すると同時に、経営トップに直結した組織として設置されることが多いようです。

こうして洗い出されたリスクを経営陣がレビューし、そのリスクに対して具体的な対処方針や取り組み、有事の際の危機管理体制プロセスの整備を進めます。(これらの体制は定期的な見直しが必要です。)