資産除去債務算定における割引前将来キャッシュフローについて

資産除去債務の会計基準導入の背景について前回のコラムで説明をしました。

前回の内容では、資産除去債務の計上方法として引当金処理なども検討されたものの、財務諸表利用者に対する情報提供の有用性やコンバージェンスの観点から資産負債の両建て処理が行われることになったという経緯をみてきました。

では、実際に資産除去債務の見積りはどのように行うのでしょうか?

今回はその会計処理に加え、資産除去債務の見積時に用いる割引前将来キャッシュフローに何を使うべきかという重要論点について解説をしていきたいと思います。

1.資産除去債務の算定方法

企業会計基準第18号『資産除去債務に関する会計基準』において資産除去債務の算定方法の記載があるので、まずはそれを見てみましょう。

資産除去債務はそれが発生したときに、有形固定資産の除去に要する割引前の将来キャッシュ・フローを見積り、割引後の金額(割引価値)で算定する。
(1) 割引前の将来キャッシュ・フローは、合理的で説明可能な仮定及び予測に基づく自己の支出見積りによる。その見積金額は、生起する可能性の最も高い単一の金額又は生起し得る複数の将来キャッシュ・フローをそれぞれの発生確率で加重平均した金額とする。
将来キャッシュ・フローには、有形固定資産の除去に係る作業のために直接要する支出のほか、処分に至るまでの支出(例えば、保管や管理のための支出)も含める。
(2) 割引率は、貨幣の時間価値を反映した無リスクの税引前の利率とする。

当たり前ですが、資産除去債務は将来の除去費用の見積りなのでその計上時、すなわち有形固定資産を購入等によって資産計上した時点では、正確な金額は分からず見積りを行う必要があります。

また、これは普遍的な論点ですが、見積りをしたキャッシュフローは現在ではなく将来のキャッシュフローですから、現在価値に修正するため適切な利子率で割引計算をする必要があります。

この資産除去債務の将来キャッシュフローの見積りと割引計算についての記載のポイントは、

①割引前将来キャッシュフローの見積りは『自己の支出見積り』によること

②見積金額は、生起する可能性の最も高い単一の金額又は生起し得る複数の将来キャッシュ・フローをそれぞれの発生確率で加重平均した金額とすること

③『無リスク』の税引前の利率による割引計算を行うこと

という3つになります。

今回は、上記のうち①の論点について解説をしていきます。

2.自己の支出見積りを将来キャッシュフローの基礎とする理由について

資産除去債務の算定における割引前将来キャッシュ・フローの金額の見積りについての考え方には、

⑴市場の評価を反映した金額

⑵自己の支出見積り

という2つがあります。

最終的には⑵自己の支出見積りによるという結論になりますが、この理論的背景を理解するため、まずは棄却された⑴市場の評価を反映した金額による見積の考え方とその欠点を考察し、最終的に⑵の結論に落ち着いた理由を解説していきたいと思います。

【⑴市場の評価を反映した金額による見積の考え方】

市場の評価を反映した金額という考え方ですが、これは簡単にいうと時価ベースで資産除去債務の計上しようという金融サイドの発想での会計処理です。

株や債券といった金融商品のように単一市場があればよいのですが、資産除去債務についてはそうした市場がないので市場価格を観察することはできません。

したがって、市場がない金融商品の場合の算定方法と同様に、市場があるものと仮定したうえで割引前将来キャッシュ・フロー見積りを行う事になります。

この方法の最大の問題は、有形固定資産の除去という極めて個別性の高い事象に対して『市場があるものと仮定』した見積りを現実的に実務側が行えるのかという疑問に答えがたいという点だと思います。

また、後述するように、⑵自己の支出見積りによる方法と比較して、企業の経営努力が正しく財務諸表に反映されないという欠点があります。

【⑵自己の支出見積りによる見積りの考え方】

自己の支出見積りによる場合の見積りは、実務上は難しくありません。

過去に自社で行った原状回復の実績や、取引業者から容易に入手できる有害物質等に汚染された有形固定資産の処理作業の標準的な料金の見積りなどを基礎とすればよいからです。

自己の支出見積りによる方法が優れている第1のポイントはここで、少なくとも見積りが行えるかどうかという心配はありません。

また、自ら原状回復などを行う場合の支出見積額は、業者のマージンが無い分、市場の想定する支出額より低いと考えられます。

これは一見自己の支出見積りによる方法の弱点のようにも思えるかもしれませんが、実はこれも自己の支出見積りによる方法の優位性の一つです。

というのも、市場が想定する支出額よりも自ら処理する場合の支出見積額の方が低い場合というは、自らが処理を行う事により市場平均に対してより低いコストを実現し、より効率的な結果を生み出したと考えることができるからです。

自己の支出見積りによる方法による場合は、その効率性により生み出された利益を、保有する有形固定資産の耐用年数にわたって均等に反映させていくことができるため、実態を正確に反映できると考えられます。

結論としては、将来における自己の支出見積りが資産除去債務の測定値の属性の基礎としてより適当な方法と考えられます。