収益認識基準~顧客との契約の識別についての解説①~
前回は、収益認識基準の全体像について解説をしていきました。
前回も見たように、収益認識基準では5ステップにしたがって収益認識をしていきますが、各ステップについて詳細な要件が設定してあり、各ステップの理解をしていくことが非常に重要になります。
今回は、最初のステップである『契約の識別』について、その要件および注意点について解説をしていきたいと思います。
1.基準の5要件
基準では契約についても、定義が明確に定められています。
基準の定義によれば、契約は、『法的な強制力のある権利及び義務を生じさせる複数の当事者間における取決め』であり、かつ『書面、口頭、取引慣行等により成立するもの』と定められています。
『契約の識別』のステップでは、顧客との財又はサービスを移転する取り決めが基準における契約に該当するかどうかについて検討することになりますが、前回のコラムでも見たように、下記の5要件を満たす場合には契約として識別することになります。
⑴当事者が、書面、口頭、取引慣行等により契約を承認し、それぞれの義務の履行を約束していること
⑵移転される財又はサービスに関する各当事者の権利を識別できること
⑶移転される財又はサービスの支払条件を識別できること
⑷契約に経済的実質があること(すなわち、契約の結果として、企業の将来キャッシュ・フローのリスク、時期又は金額が変動すると見込まれること)
⑸顧客に移転する財又はサービスと交換に企業が権利を得ることとなる対価を回収する可能性が高いこと
翻訳をベースとして抽象的な表現であることから直感的な理解が難しいかもしれませんが、重要なのは、サービス内容や価格、支払条件、役務提供時期などを明示した架空でない実態的な契約があり、契約相手から対価を回収できるような経済実態、契約内容であること、すなわち、企業が通常利用する基本契約書などで締結するような契約の有無が『識別』の基礎となります。
2.基準の5要件を満たさない場合の『契約の識別』
基準の5要件は、財務体質に問題のない実態のある企業と通常締結されるような契約の下で、書面を残すような形で取引を行っていればこれを充足し、『契約の識別』がなされることが通常です。
しかしながら、契約時点で条件が明示的でなかったり(または事後的に定めるとされていたり)、対価の回収可能性の問題などで『契約の識別』がなされない可能性も考えられます。
そういった『契約の識別』の5要件を充足できなかった場合の取り扱いも、基準には明示されています。
まず、顧客との契約が当契約締結時点で識別要件を満たさない場合には、事後的に識別要件を満たした時点で収益認識に関する会計基準等を適用することとされています。
これはある意味では当然の規定で、過去に識別要件を満たしていないという理由でその後も識別要件を満たさないのであれば、該当の契約について理論上は永遠に収益認識できなくなってしまいます。
また、契約の識別要件を満たさないものの顧客から対価を受け取った時、次のいずれかに該当する場合には、収益を認識することになります。
⑴財又はサービスを顧客に移転する残りの義務がなく、約束した対価のほとんどすべてを受け取っており、顧客への返金は不要であること
⑵契約が解約されており、顧客から受け取った対価の返金は不要であること
収益認識基準において『契約の識別』の要件を明確化している趣旨は、これまで個別性が高かった企業ごとの収益認識に対して包括的な基準を適用することで、恣意的な収益認識を行わせないことにあります。
ですから、対価が確認でき、それが返金不能であることが明確であれば当然に収益として認識することになります。
そして、これらのいずれにも該当しない場合は、契約の識別要件が満たされるまで、顧客から受け取った対価を将来に財又はサービスを移転する義務または対価を返金する義務として、負債として認識することになります。
顧客に付与するポイントに対し、ポイント引当金を計上する処理などがこの具体例となります。
3.契約の識別に関するIFRSの考え方
収益認識基準が参照するIFRS第15号には、様々な収益認識に関する事例が紹介されています。
これらは次回以降に具体的な解説をしていきますが、その前にIFRS第15号の基本的な考え方をついて説明をしたいと思います。
IFRS第15号においては、契約の有無の評価は、口頭、黙示、書面といった契約の形式ではなく、関連する法令、判例に基づいて、権利・義務が強制可能であるか否かが重要と考えられています。
国、地域、合意の実態等に応じて、同一の契約でも契約の識別について結論が異なる可能性があることも明示されています。
個々の履行義務について、法的強制力が必ず求められるという訳ではありませんが、強制可能性が不確かな場合には、履行へのコミットメントを認容するためには、書面による契約または専門家による法解釈が必要な場合もあります。
これらを踏まえた上で、次回はIFRS第15号にある事例の紹介など、契約の識別についてより深く見ていこうと思います。