収益認識基準~回収可能性についての考察②~
前回から引き続き、収益認識についての解説をしていきたいと思います。
収益認識基準では、
ステップ1: 契約の識別
ステップ2: 履行義務の識別
ステップ3: 取引価格の算定
ステップ4: 取引価格の配分
ステップ5: 収益の認識
という5ステップで収益認識を行い、それぞれのステップごとに細かく要件が定められています。
今回は前回に引き続き、『ステップ1:契約の識別』の要件の一つである『回収可能性』ほか、その他の『契約の識別』の論点について解説をしていきたいと思います。
1.回収可能性の金融的要素と再評価
収益認識基準に基づき認識した収益は、現預金を直接受け取る取引でない限りは同時に債権を発生させることになります。
この債権の信用リスク、すなわち重要な金融的要素が契約に含まれる場合の回収可能性についても考慮する必要があります。
ここで、重要な金融的要素とは例えば、顧客からの入金を3か月前倒しすることと引き換えに10%の割引販売をすること等を指し、取引自体の価値と別に、契約に含まれている利息等の金融的要素のことをいいます。
回収可能性の評価においては、契約に重要な金融的要素が含まれているか否かに関わらず、同じように評価を行います。仮に契約対価そのものに顧客への信用リスクが含まれている場合(信用度の低い顧客に対して割高な価格で販売している場合など)でも、金融的要素とは別個に回収可能性を評価します。
これは、そもそも収益認識時点において信用リスク分は利息として別の履行義務として認識しているため、回収可能性の評価に影響させる余地はないと考えられるためです。
次に回収可能性が見直される条件について考えていきます。
回収可能性が見直されるのは、顧客の信用度を著しく悪化させる事実及び状況の著しい変更がある場合です。例示されているのは、顧客が年間売上高の75%を失った場合などの極めて極端なケースで、収益認識において回収可能性の再評価が行われるケースというのはかなり稀であると考えられます。
顧客の信用度が著しく悪化しているか否かは、個別的な判断が重要になります。
個々の契約の有効性に疑義が生じないような微細な変化や、契約期間内において著しい影響を及ぼすことのない合理的な範囲内での変動は顧客の信用度の著しい悪化の要因として考慮する必要はありません。
仮に回収可能性が高くないと判定された場合には、『契約の識別』ができないという事になりますから直ちに収益認識を中止するとともに、契約が存在しないときに受け取った対価について負債等を認識する必要があります。
2.無料の試用期間における収益認識の考え方
企業は、一定期間のサービス提供をする場合に無料でサービスを得られる期間を設けることがあります。
たとえば、会員制サイトのようなSaaSのビジネスにおける『初月無料』キャンペーンなどがこれに該当します。顧客は、この無料の試用期間が終了した段階で1年間の定期契約などの打診を受けるのが普通です。
こうした場合には、顧客は無料期間であればいつでも解約をすることができることを意味しています。
であるならば、『契約の識別』という意味においては、少なくとも無料期間中は企業側から顧客に対し強制可能な権利はないことから契約を識別することはできず収益も認識しえないということになります。
したがってこの場合の企業の会計処理は、契約の無料期間経過後から履行義務を認識し、収益を計上することになります。
なお、無料期間中の役務提供については、収益認識はできないので販売インセンティブの一種として処理するのが一般的なようです。
無料の試用期間についての会計処理をまとめると、以下のいずれかに該当する場合には、無料の試用期間経過後の期間の財・サービスの提供を契約として識別し、履行義務の認識をして収益計上することになります。
- 無料の試用期間の財・サービスの提供に対する顧客の権利が強制可能ではない
- 無料の試用期間の財・サービスの提供を収益認識してもしなくても、結果に大きな違いが無い場合
3.特殊な契約条項についての取り扱い
ここでは、契約に特殊な条項が付されている場合の『契約の識別』について考えていきます。
地方自治体などを相手とした場合に、予算をベースとして動くため、予算の確保を条件として契約を締結する、または予算が予定通りに割り当てられなかった場合に契約を取り消すことのできる年度予算条項が盛り込まれるケースがあります。
この場合の『契約の識別』は、正式に予算承認がなされたタイミングですべきであるので、予算承認前に財・サービスの提供が行われた場合には、収益認識について慎重な判断が求められることになります。
また、契約期間の切れた契約について、契約期間後も財・サービスの提供を行う場合があります。(自動更新の契約など)
この場合は、財・サービスの提供に法的に強制可能な権利があるかどうかがポイントとなります。
すなわち、法的に強制可能な権利があるならば契約を識別し、収益認識基準の5ステップに則って処理しますが、法的に強制可能な権利が無い場合には契約を識別することができないので、売上ではなく負債勘定を計上することになります。
この法的に強制可能な権利の有無の判定は非常に複雑で個別性が高いため、専門家の助言が必要な場合が多い点には留意が必要です。