買収後の無形資産の評価について②
前回に引き続き、PPA(Purchase Price Allocation)に関連する論点について解説をしていきたいと思います。
PPAとは、M&Aにおいて取得企業が被取得企業を買収した際に支払った買収対価を、被取得企業に存在する資産、負債に配分し、財務諸表に計上する一連の作業をいいます。
M&Aなっどの買収対価を取得原価に配分しますが、PPAによって、被取得企業から受け入れた資産及び引き受けた負債のうち識別可能なものを、企業結合日を基準日として、その時点での時価を基礎として、その基準日以降1年以内に計上します。
それでは引き続き、PPAの各論点について見ていきましょう。
1.2008年改正の概要
前回の記事でも言及した点ですが、2008年の企業結合基準の改正(2010年4月より強制適用)により、原則としてM&Aを行った際にはPPAに取得原価の配分が必要となりました。
この改正で同時に行われた重要論点の一つとして、持分プーリング法の廃止があります。
持分プーリング法とは、買収対象企業の資産負債を帳簿価格のまま引き継ぐ会計処理のことをいいます。
2008年改正以前は、原則的な会計処理であるパーチェス法と持分プーリング法の2通りの会計処理が存在していました。
持分プーリング法では資産負債の時価評価をしないため、のれんが発生しないため、会計処理の違いに関する影響額は大きいものとなっていました。
しかし、米国基準やIFRS(国際会計基準)では持分プーリング法が廃止されたことを受けて、日本基準においても2008年の改正で廃止されることとなりました。
2008年改正以降は、M&Aの会計処理で認めらるのはパーチェス法のみとなりましたが、資産負債の時価評価を行うことは必然的にPPAとつながるため、原則としてPPAが必要となったという背景があります。
また、この2008年改正で実務上もっとも大きな影響を与える改正となったのが、無形資産への取得原価の配分が、『できる規定』から『しなければならない』義務へと変更されたというものです。
M&Aによって被取得企業から取得した「受け入れた資産に法律上の権利など分離して譲渡可能」な資産を無形資産といいますが、この無形資産の認識も持分プーリング法の廃止と同じ流れで、米国基準やIFRSとのコンバージェンスを重視した改正となります。
なお、「分離して譲渡可能な無形資産」であるか否かについては、対象となる無形資産の実態に基づい
て判断することになりますし、「分離して譲渡可能な無形資産」と識別された場合、にはその無形資産の独立した価格を合理的に算定することになるので、非常に専門的な業務になる可能性が高いです。
すなわち、買収金額の中に、ブランド価値や顧客基盤の価値が認められる場合は別途無形固定資産を認識し、配分後の残りをのれんとする一連の会計処理を行うため、高度な知識と経験が求められ、M&Aの会計処理を行う実務担当者には相当な負担が生じることになりました。
2.海外の会計基準との重要な相違点について
改正前までの従来の日本の会計においては、識別可能な無形資産が仮にあったとしても、『取得原価の配分ができる』という容認規定に過ぎなかったため、資産及び負債の差額と取得金額の差額は全額のれんとして計上されることが一般的でした。
しかし、2008年の企業結合に関する会計基準等の改正により、法律上の権利など分離して譲渡可能な無形資産は識別可能な資産として取り扱われ、取得原価の配分の対象として認識されることになった結果、それまでのれんとして一括計上されていた部分が、『分離して譲渡可能な無形資産』と『識別可能なのれん』とに分けて計上されることになりました。
ここで一つ注意すべき論点があります。日本の企業結合に関する会計基準において、米国会計基準やIFRSと比べて大きく異なっている点の一つに「のれん」償却の有無がありますが、これがPPAの重要性にも大きな影響を及ぼします。
日本基準の場合、のれんは20年以内に定額法その他合理的な手法により償却することが求められています。
一方で、米国会計基準やIFRSの場合は、のれん償却は行われず、最低年に一回の減損テストを行い、資産性を担保できているか確認するという建てつけになっています。(IFRSは2022年秋にも見直しが議論されるようですが、いったん現状の処理を前提として解説します。)
※減損テストとは、貸借対照表に計上されている資産について、そこから生み出されるキャッシュフローや財務状況から資産計上額の妥当性について評価を行うことです。
減損テストを行った結果、減損の必要が生じた場合は減損額をその期の期間費用として処理します。つまり、日本基準では徐々に費用化(そして資産計上額が暦年で目減りしていく)するのに対し、米国基準やIFRSでは、資産性を喪失したと判断されたその期に一気にPLに損失が反映されるという違いがあります。
また減損損失の面からみると、結果として、米国会計基準やIFRSの方が、のれん償却している日本基準よりも、多額の減損が生じやすいと言えます。
このことは、PPAの処理にも影響を与えます。日本基準においては、無形資産ものれんもどちらも償却性資産なので、その意味ではPLに与える影響は両者の償却期間の違いのみになりますが(※)、米国基準やIFRSでは、のれんとなる場合と、無形資産の耐用年数が測定不可能とされた場合は償却が行われないので、PPAの結果(特に無形資産の認識、測定)によって、その後のPLへの影響額が異なってきます。
(※)これについては、実は、税効果会計の影響で無形資産となるかのれんとなるかで資産額が異なるため、正確に言えば異なるのですが、今回は説明の簡便化のため税効果会計を無視して論考させていただいています。税効果会計の適用については、別のコラムで解説します。