単一の会計モデルと借手の費用配分について
前回のコラムでは、IFRS第 16 号及びTopic 842の考え方を紹介し、これらと新しい公開草案の関係性を解説させていただきました。
IFRS 第 16 号と Topic 842 は、借手の会計処理に関して主に費用配分の方法の点では異なるものの、原資産の引渡しにより借手に支配が移転した使用権部分に係る資産(使用権資産)と当該移転に伴う負債(リース負債)を計上する使用権モデルにより、オペレーティング・リースも含むすべてのリースについて資産及び負債を計上することとする点については全く同じでした。
IFRS第16号とTopic842が同時に立て続けに公表されてことで、国際的な会計基準と公開草案以前の」リース会計基準との間で、特に負債の認識において違いが生じることとなり、コンバージェンスの観点で大きな齟齬が生じることから今回の公開草案の公表となりました。
今回のコラムでは、ここまでのリースの公開草案の議論を踏まえつつ、公開草案が使用権モデル及び単一モデルを採用した背景について見ていきたいと思います。
1.原資産とは
解説に入る前に、重要な用語である『原資産』の定義をみていきます。
原資産とは、企業会計基準公開草案第 73 号「リースに関する会計基準(案)」等(リース基準(案))によれば、「リースの対象となる資産で、貸手によって借手に当該資産を使用する権利が移転されているもの」をいいます。
リース会計では、リースされる資産が貸手と借手の間で複雑な所有関係、支配関係を形成することが多く、その特定が必要になります。
この「原資産」という用語は、複雑な所有関係、支配関係の中で対象となる資産の特定が非常に楽になるのでとても便利です。
基準でも適用指針でも頻出なので、ぜひきちんと定義を理解してくださいね。
2.使用権モデル採用の背景
使用権モデルの採用により、借手のすべてのリースについて資産及び負債を計上することになりますが、懸念が無いわけではありませんでした。
たとえば使用権モデルと法的実態との間には下記のような乖離があるとの意見がありました。
(1) 一般的な賃貸借契約貸手は、引渡後にも修繕義務等を負うため単に物件を引き渡しただけでは義務を完全に履行したことにはならないにも関わらず、会計上は使用権資産の引渡により権利・義務の移転を認識することになる
(2) 賃料の支払義務を借手は無条件で負う訳ではなく、貸手の義務の履行が前提とされているにも関わらず、会計上は原資産の引渡により義務の履行を認識することになる
このような反論について、IFRS第16号を参照しつつ、リースが役務提供契約と異なる点については下記のような観点から反駁されています。
(1) リースの場合には、貸手による原資産の引渡しにより借手は特定された資産を使用する権利を支配し、それと交換に当該使用権に対する支払を行う無条件の義務を負っているので、公開草案の会計処理により実態を反映できる
(2) 役務提供契約の場合には、顧客は契約の開始時に特定された資産の支配を獲得せず、通常、役務提供が履行される時点まで支払義務を負わないので、実際に法的な権利義務と会計処理が大きく異なるようなケースは稀と考えられる
IFRS第16号も同様ですが、貸手が借手に対してさまざまな法的な義務を負う中で、原資産の使用権に対する支配に着目するのであれば、原資産の引渡しに焦点を当てることは合理的です。
貸手が原資産を借手に引き渡した時点において借手が無条件の支払義務を有しているとの想定は、日本の法的実態に必ずしも当てはまらない状況があるとしても、借手が無条件の支払義務を有するまで会計上負債を認識しないという整理を行う会計処理がより合理的になるかといえば、そうでもないというのが結論でした。
少し煮え切らない話かも知れませんが、やや実態と異なる点はあってもIFRSとのコンバージェンスを重視したと考えておくと良いでしょう。
3.単一モデル採用の背景
IFRS第16号もTopic842のどちらも、使用権資産とリース負債を認識する使用権モデルをBS上は採用し、資産と負債の認識の認識を行います。
一方、損益認識に関してはIFRS第16号が、すべてのリースに対して使用権資産の減価償却費と金利費用を別個に認識する単一モデルを採用しているのに対して、Topic842は、減価償却費と金利費用を別個に認識するファイナンス・リースと単一のリース費用を認識するオペレーティング・リースに区分する 二区分モデルを採用しています。
前回のコラムでも解説したように公開草案は、単一モデルを採用したのですが、この章ではなぜ公開草案では単一モデルが採用されたかについて見ていきたいと思います。
まず、リース基準(案)には下記のように単一モデル採用の理由が記載されています。
(1) 2007 年 8 月に当委員会と IASB との間で、「会計基準のコンバージェンスの加速化に向けた取組みへの合意(東京合意)」が公表された後は、米国会計基準を参考としながらも、基本的にはIFRSと整合性を図ってきたこれまでの経緯を踏まえると、米国会計基準の考え方を採用した方がより我が国の実態に合うことが識別されない限り、基本的には IFRS と整合性を図ることになるものと考えられること
(2) IFRS 任意適用企業を中心として、IFRS 第 16 号と整合性を図るべきとの意見が多くなっていること
(3) 財務諸表利用者による分析においてリース費用を減価償却費と利息相当額に配分する損益計算書の調整が不要となる点及びリース負債を現在価値で計上することと整合的に損益計算書で利息相当額が計上される点で、単一の会計処理モデルの方が財務諸表利用者のニーズに適していると考えられること
(4) オペレーティング・リースの経済実態との整合性の観点からは、単一の会計処理モデルと 2 区分の会計処理モデルのいずれが適切かについて、優劣はつけられないものと考えられること
(5) 単一の会計処理モデルを採用した場合と2区分の会計処理モデルを採用した場合を比較したとき、いずれの場合に適用上のコストが小さいかどうかについて、多様な意見が聞かれたこと
様々な理由が挙げられていますが、論点ごとにこれを整理して見ていきます。
まず、IFRS第16号とTopic842のどちらの処理についても理論上一長一短があり、また実務への適用という面でも明確な優劣が付けられないというのが大前提となります。これは⑷と⑸に記載があります。
そして、どちらにコンバージェンスさせることがより適当かという観点で言えばそれはIFRSであろうというのが単一モデル採用の理由になっています。これは⑴と⑵の記載が相当します。
ただし、コンバージェンスだけが理由かといえばそうではなく、⑶にもあるように単一モデルの場合にはBSとPLの処理が整合するので財務諸表利用者に分かりやすいというメリットがあります。
このような様々な利点があることもあり、公開草案では単一モデルが採用されました。