市場販売目的のソフトウエアの会計処理について②

前回のコラム『市場販売目的のソフトウエアの会計処理について①』では、市場販売目的のソフトウエアの会計処理の製品マスターと資産計上の関係性について説明しました。

今回は市場販売目的のソフトウエアの会計処理の理論的背景及び著しい改良に関する会計処理について説明したいと思います。

1.製品マスター完成後の制作費に係る処理

製品マスターや購入したソフトウェアの機能の改良・強化を行う制作活動のための費用は、原則として資産に計上します。ただし、著しい改良と認められる場合は、次の項で述べるように研究開発費として処理します。

製品マスターの取得原価は原価計算により算定されます。

したがって製品マスターの制作原価は、制作仕掛品についてはソフトウェア仮勘定などの勘定科目により、また、完成品についてはソフトウェアなどの勘定科目によって、いずれも無形固定資産として計上します。

なお、有価証券報告書などにおける開示の際には、製品マスターの制作仕掛品と完成品を区分せず一括して『ソフトウェア』などの科目で開示されるのが一般的ですが、制作仕掛品に重要性がある場合にはこれを区分して表示することが望ましい旨が、「研究開発費及びソフトウェアの会計処理に関する実務指針」(以下、「実務指針」とする)において言及されています。

2.著しい改良が行われた場合の会計処理

製品マスターや購入したソフトウェアの機能の改良・強化を行うための費用は、原則として資産に計上しますが、当該改良が著しい改良と認められる場合は研究開発費として処理します。


では著しい改良とは、どういったものを指すのでしょうか?

実務指針によれば、『研究及び開発の要素を含む大幅な改良を指しており、完成に向けて相当程度以上の技術的な困難が伴うもの』となっています。


具体的な例として、次ようなものが挙げられています。

①機能の改良・強化を行うために主要なプログラムの過半部分を再制作する場合

②ソフトウェアが動作する環境(オペレーションシステム、言語、プラットフォームなど)を変更・追加するために大幅な修正が必要になる場合

①については、主要なプログラムの過半部分を再制作するような場合になると、どうしても開発の連続性が薄く、研究開発費に近い性質となり、またその成功の蓋然性も低くなると思われ、実質的には新たなソフトウェア開発を行っているという事象に近似する実態があることからこのような規定になっていると思われます。

また、②についても①と同様、ソフトウェアの動作環境について大幅な修正がある場合には、実態としては新たなソフトウェアの再開発に近似することからこのような例示がされていると考えられます。

いずれにしても、社内での用語として『改良』とされている場合であっても、その実態として研究開発に近似するような著しい改良に該当するかどうかが重要なポイントとなります。

3.製品マスターの制作原価

製品マスターの特徴として、

①製品マスター自体が販売の対象物ではない

②機械装置等と同様にこれを利用(複写)して製品を作成する

③法的権利(著作権)を有している

④適正な原価計算により取得原価を明確化できる


という4点があり、これが資産計上の根拠となっています。

歴史的には、製品マスターの完成品を無形固定資産として計上するうえでの製品マスターの制作原価や製品マスターの償却費の原価計算について、下記の3つの方法が検討されました。

1. 製品マスターの制作原価を製造原価に含めることなく直接的に無形固定資産として計上し、製品マスターの償却費を製造原価の経費として計上する


2.製品マスターの制作原価を製造原価に含め、製品マスターの制作仕掛品及び完成品を無形固定資産へ振り替えることにより製造原価から控除する(製品マスターの償却費は製造原価の経費)


3.製品マスターの制作原価を製造原価に含め、製品マスターの制作仕掛品及び完成品を無形固定資産へ振り替えることにより製造原価から控除する(製品マスターの償却費は売上原価に直接算入)

各論点について以下、詳細に検討します。


まず1.の方法は、製品マスターの制作そのものに係るコストが当期製造費用に含まれないため、当期のソフトウェア制作活動が製造原価の計算に反映されないという問題点があります。

2.の方法は、製品マスターの制作原価と完成品としての製品マスターの償却費がともに製造原価の当期製造費用に含まれ、同一の製品マスターに係る制作原価が二重に計上される点において不適切です。


このように考えると、ソフトウェアの制作活動が製造原価の計算に適切に反映されるという観点からは、3.の方法によることが望ましいと考えられます。

採用されている会計処理も、この3.の方法に則ったもので、以下のように行いますので留意しましょう。


① 製品マスターの制作原価は製造原価として計上し、当期製造費用から制作仕掛品と完成品を無形固定資産に振り替える。


② 製品マスターの償却は販売したソフトウェアに対応する償却額とし、ソフトウェアの売上原価に計上する。


③ 製品としてのソフトウェアで販売されなかったもの及び複写等制作途上のものについては、棚卸資産の仕掛品として計上する(製品マスターの償却費は配分されるべき原価が確定しないため当該仕掛品の原価には含めない。)。

4.製品マスター完成後の制作費に係る処理

製品マスターの制作費のうち、研究及び開発のために費消した原価は研究開発費として処理します。

製品マスターの機能維持に要した費用は発生時に費用処理します。

これら以外の原価については、製品マスターの取得原価に計上されます。

したがって、研究開発の終了時点以降に発生する制作費については、次のとおり取り扱うこととなりますので注意しましょう。


(1) 製品マスターの機能の著しい改良に要した費用
従来の製品マスターとは別個の新しいマスターの制作のためのコストとみなされるような費用は、研究開発費として処理


(2) ソフトウェアの機能維持に要した費用
バグ取り、ウィルス防止等の修繕・維持・保全のための費用は、発生時の費用として処理


(3) 製品マスターの機能の改良(著しいものを除く)及び強化に要した費用
ソフトウェアの操作性の向上等のための費用は、製品マスターの取得原価として処理

(4) 製品としてのソフトウェアの制作原価
以下に例示されるような制作費は、ソフトウェアの製造原価として処理
・ ソフトウェアの保存媒体のコスト
・ 製品マスターの複写に必要なコンピュータ利用等の経費
・ 利用マニュアル又は使用説明書等の制作のための外注費
・ 販売用とするための製品表示や包装に係るコスト
・ 制作に携わった従業員の人件費など

5.会計処理の背景

製品マスター完成後の処理について、特に初学者の方は非常に混乱する点が多いと思います。

というのも、単なる改良の場合は資産計上されるが、著しい改良が行われる場合は研究開発費と同様の扱いとなり費用計上されるなど非常に恣意性が高く、裁量の余地が大きいのではないかと思われるからです。

この懸念についてはかなり妥当と言える面があり、実際の実務の場面でもソフトウェアの資産性については大きな監査上の論点となることが多いです。

考えようによっては、一律に費用処理するといった形の方が、比較可能性や不適切会計の確率を低くするといった観点で望ましいと思われる点もあるかもしれません。

しかしながら、一律に費用処理した場合、特に昨今のように研究開発と将来の収益獲得が密接に結びついている場合には、期間損益を著しく阻害するおそれもあります。

たとえば実態として、ある程度ソフトウェアの仕様も固まり、過去の状況から販売量も計算でき、それを前提として巨額の資金調達をしてソフトウェア制作を行ったような事例において、この開発に要した支出の全てを開発費用として費用計上してしまうと、開発段階で膨大な損失が出る一方で、経営者側はその初期投資を数年間の販売実績のキャッシュフローによって回収することを見込んでいるにもかかわらず、実際の損益計算においては、売上だけが回収期間の全期間にわたって計上され、原価とすべきものまで開発費として一時点で費用処理されてしまうことになります。

ソフトウェアという無形資産は、多額の設備投資(開発費)を要することであったり、制作期間が長期にわたる点であったり、人件費をはじめとする雑多な支出で構成された費用総体からなる投資原価を制作後の売上で回収するビジネスモデルであったり、さまざまな点において製造業における仕掛品や製品と近似します。

したがって、このような観点からも、資産計上すべき場合と費用処理すべき場合を厳密に峻別したうえで、会社側でその集計ができる内部管理体制を整えることも含めて、正確かつ迅速な会計処理を企業に求めることも合理的と言わざるを得ません。

分岐が多く非常に煩雑な処理ですが、ソフトウェアの処理をすべき業態の企業の経理担当者にあって、正確な会計処理ができるよう適切な準備を行う事が必要となりますので、これらの論点については基準や実務指針を参考にしながら正確に理解していく必要があります。