盗難流出などに関わる雑損控除の論点

前回のコラムで見たように、マウントゴックス事件のような暗号資産のハッキング等で生じた損失は「雑損控除」によって所得控除ができることについて解説しました。

今回は、前回のコラムでは説明しきれなかった論点について補足をしていきたいと思います。

1.雑損控除とは(所得税法第72条)

雑損控除とは、災害又は盗難若しくは横領によって、資産について損害を受けた場合等に受けることができる所得控除です。

所得税法第72条では、下記のように定められています。

居住者又はその者と生計を一にする配偶者その他の親族で政令で定めるものの有する資産(第62条第1項(生活に通常必要でない資産の災害による損失)及び第70条第3項(被災事業用資産の損失の金額)に規定する資産を除く。)について災害又は盗難若しくは横領による損失が生じた場合(その災害又は盗難若しくは横領に関連してその居住者が政令で定めるやむを得ない支出をした場合を含む。)において、その年における当該損失の金額(当該支出をした金額を含むものとし、保険金、損害賠償金その他これらに類するものにより補てんされる部分の金額を除く。以下この項において「損失の金額」という。)の合計額が次の各号に掲げる場合の区分に応じ当該各号に掲げる金額を超えるときは、その超える部分の金額を、その居住者のその年分の総所得金額、退職所得金額又は山株所得金額から控除する。

一 その年における損失の金額に含まれる災害関連支出の金額(損失の金額のうち災害に直接関連して支出をした金額として政令で定める金額をいう。以下この項において同じ。)が5万円以下である場合(その年における災害関連支出の金額がない場合を含む。)その居住者のその年分の総所得金額、退職所得金額及び山林所得金額の合計額の10分の1に相当する金額

二 その年における損失の金額に含まれる災害関連支出の金額5万円を超える場合 その年における損失の金額の合計額から災害関連文出の金額のうち5万円を超える部分の金額を控除した金額と前に掲げる金額とのいずれか低い金額

三 その年における損失の金額がすべて災害関連支出の金額である場合 5万円と第1号に掲げる金額とのいずれか低い金額

2 前項に規定する損失の金額の計算に関し必要な事項は、政令で定める。

3 第1項の規定による控除は、雑損控除という。

2.雑損控除の要件

雑損控除は、災害や盗難若しくは横領という本人の意思に基づかない事由により損失が生じた場合に適用が限られています。

そして、『損害の原因が災害、盗難、横領などに該当するのか』、『損害を受けた資産が「生活に通常必要でない資産」等に当たらないのか』という論点が雑損控除の適否の争点となります。

例えば、『損害の原因が災害、盗難、横領などに該当するのか』で言うと、いわゆる振り込め詐欺なんかは、詐欺や脅迫があったとはいえ、最終的には本人の意思で振込をしたことで損失が生じたことになるため、盗難・横領とは言えずに雑損控除の対象にならないとされています(国税不服審判所 平成23年5月23日公表裁決)。

また、『損害を受けた資産が「生活に通常必要でない資産」等に当たらないのか』で言うと、例えば損害を受けた資産が30万円超の貴金属や事業用資産、別荘などは、雑損控除の対象にならないとされています。

暗号資産の不正送金についてですが、これは常識論から言っても『盗難』という要件は充足すると思われます。


次に『生活に通常必要でない資産』に該当するか否かが問題となります。

これは一見、『生活に通常必要でない資産』に該当しそうですが、暗号資産は法定通貨等ではないものの、代金の支払手段や法定通貨と相互交換できるものとして法的に位置付けれており、生活に通常必要でない資産には当たらないと考えられます。

そのため、前回のコラムでも見たように、原則的には暗号資産による不正送金による損害も雑損控除の対象になるものと思われます。

また、関連する論点として、大手業者の中には二段階認証をしていたにも関わらず盗難にあった場合に限っていくらか補償をしてくれるところがあります。

次の章では、このような補填が行われた場合の税務上の処理について解説していきたいと思います。

3.不正送金被害の保証金の税務上の位置づけ

暗号資産交換業者が不正送信被害に遭い、預かった暗号資産を返還することができなくなったとして、日本円による補償金の支払を受けた場合、この補償金は、損害賠償金として非課税所得に該当するでしょうか。


一般的に、損害賠償金として支払われる金銭であっても、本来所得となるべきものまたは得べかりし利益を喪失した場合にこれが賠償されるときは、非課税にならないものとされています。

今回のケースにおいても、顧客と暗号資産交換業者の契約内容やその補償金の性質などを総合勘案して判断することになりますが、一般的に、顧客から預かった暗号資産を返還できない場合に支払われる補償金は、返還できなくなった暗号資産に代えて支払われる金銭であり、その補償金と同額で暗号資産を売却したことにより金銭を得たのと同一の結果となることから、本来所得となるべきものまたは得られたであろう利益を喪失した部分が含まれているものと考えられます。

したがって、暗号資産の不正送金による補償金は非課税となる損害賠償金には該当せず、雑所得として課税の対象となると思われます。