暗号資産に関する重要な虚偽表示リスクの具体例について
暗号資産の重要な虚偽表示リスクについては、アサーションごとに考えられる重要な虚偽表示リスクと不正の態様が異なると考えられます。
今回は、暗号資産の重要な虚偽表示リスクに関して、アサーションごとに具体的にどのようなシチュエーションで不正等が行われ、またどのようなリスクがあるかについて見ていきたいと思います。
1.実在性に関する重要な虚偽表示リスク
暗号資産の実在性に関して、暗号資産全体の数量を不正に操作することが考えられます。
暗号資産の盗用、横領、暗号鍵の紛失などにより暗号資産が焼失した場合、それを隠ぺいすることが考えられます。具体的な手口としては次のようなものが考えられます。
⑴残高照合において、不足なく一致しているかのようにするために残高照合の書類の改ざんをおこなう不正。
⑵顧客からの暗号資産の入金を取引システムに記録しないで、暗号資産の残高不足を隠ぺいする不正。
⑶他の暗号資産交換業者などから一時的に暗号資産を調達し、決算日時点で暗号資産が存在するかのように偽装する不正。
2.収益の発生に関する重要な虚偽表示リスク
収益の発生に関する重要な虚偽表示リスクとしては、まず暗号資産全体の数量のうち自己分と顧客分の区分を不正に操作するリスクが考えられます。
暗号資産交換業者には分別管理が義務付けられていますが、意図的に顧客分と自己分とを操作することにより収益を過大に計上することが可能となります。
具体的に想定される不正のリスクとしては下記のようなものが挙げられます。
⑴相場の上昇時に顧客分を自己分に改ざんして振り替える、または相場下落時に自己分を顧客分に改ざんして振り替える不正。
⑵取引システムレベルで架空の売上取引を入力する不正。
⑶取引システム内の取引データの単位、数量を改ざんする不正。
⑷会計システムに架空の売上取引を入力する不正。
⑴の前者のケースでは収益の過大計上が、後者のケースでは収益の過少計上が行われます。
⑵のケースでは、親密な関係者の口座、関連当事者の口座、または顧客口座と偽装した自社口座などが利用されます。
⑴及び⑵ともに、貸方側での収益の発生というアサーションと同時に、借方側での預かり暗号資産の網羅性というアサーションも問題となります。
ともに顧客の暗号資産を預かる事業を営むことに派生して発生するリスクであり、暗号資産交換業者がすべて潜在的に有しているリスクです。
⑴⑵が架空の取引をねつ造する手口とすれば、⑶⑷はシステム内のデータ自体を改ざんする方法であるため、取引システム、会計システムのIT統制の整備状況とその有効性が非常に重要になります。
顧客から預かった暗号資産の残高の改ざんについては、顧客からの暗号資産の預託、顧客への暗号資産の送金、顧客と会社との間での暗号資産の売買等を通じて行われ、システム上で自動で記録等がなされますので、特にこれらのIT統制が有効に機能していることを確かめる必要があります。
3.実在性を含む暗号資産の評価の妥当性に関する重要な虚偽表示リスク(ハードフォーク)
暗号資産に関する重要な虚偽表示リスクの発生が懸念されるイベントに暗号資産のハードフォークがあります。
ハードフォークは、技術面ではブロックチェーンのプロトコルに規定された検証規則を緩和することによって発生するブロックチェーンの分岐のことで、暗号資産に関しては、アップグレードを意味する言葉として利用されます。
分散管理された仮想通貨のネットワークを構築する各ノードは最新版ソフトウェアへアップグレードするか否かの選択を迫られ、アップグレードを行なった仮想通貨と行わなかった仮想通貨が二つに分岐することになります。
これを「フォーク」と言います。そしてフォークした二つの暗号資産の間で互換性がなくなります。これをハードフォークと言います。
暗号資産に大規模なルール変更が伴うアップグレードの場合、その前後で互換性を保つことが技術的に困難になるためハードフォークする必要があります。
しかし、ハードフォークによって分岐した新コインを支えるプログラムに欠陥がある場合、故意に不正プログラムが組み込まれている場合には、新コインが価値を持たなかったり、不正にオリジナルのコインが奪われる等の自体が想定されます。
これは、新コイン及びオリジナルコインに対する実在性や評価の妥当性に対する重要な虚偽表示リスクになり得ます。
こうした事態を防止するため、一般社団法人日本暗号資産ビジネス協会(JCBA)、日本ブロックチェーン協会(JBA)が共同で発表している『計画されたハードフォーク及び新コインへの対応指針』においては、下記のような項目へ十分な確認を行う事が求められています。
⑴新コインについて二重移転を防止する措置
⑵新コインに顧客資産を侵害する仕組みが講じられていないこと
⑶新コインの有する機能は、不法・不正を誘発するものではないこと
4.評価の妥当性に関する重要な虚偽表示リスク(その他)
また、その他にも評価の妥当性に関して、下記のような重要な虚偽表示リスクが想定されます。
⑴流動性の低い暗号資産について取引所間での価格乖離が大きい場合、または実績のある取引所が自社のみであるなど限定的である場合、こうした状況を利用することで活発な市場が存在する暗号資産について評価単価を操作するリスク
⑵法定通貨の顧客預かり金に関するリスクとして、顧客の法定通貨の預り金が実在しない、正確に記録されない、または網羅的に記録されないリスク
⑶暗号資産のFXが正確に記録されない、または架空のFX取引が行われる等、暗号資産のFX取引に関連するリスク
このようにアサーションごとに見ていくと、暗号資産に関連するまたは特有の重要な虚偽表示リスクが多数損坐することが改めて分かると思います。
中には非常にリスクの高い取引や状況もあるので、暗号資産交換業者や暗号資産に関する監査に従事する監査人は、上記の点に留意をして実務にあたる必要があるでしょう。