PPAで認識される無形資産の例示①

ここまでのコラムにおいて、企業結合等を行った場合に現行の会計基準においては、取得価額と企業結合時のBS価額の差額は、必ずしも全額『のれん』となる訳ではなく、PPAによって無形資産も含めた公正価値による評価を行った上で、BS計上資産及びPPAによって算定された無形資産に配分された残額が『のれん』となること等を説明してきました。

しかし、次の問題点として、無形資産をPPAによって認識する場合にどの無形資産を認識すべきかというものがあります。

今回は、PPAにより認識される無形資産について解説をしていきたいと思います。

なお、今回の解説は次回以降の無形資産識別の具体的な例示を理解するための予備知識といった内容となっている点にご留意ください。

1.IFRSと日本基準の違いについて

無形資産として具体的に何が計上対象となるかの議論をする際に必要となってくるのが、IFRSと日本基準の違いです。

まずは、この両者の違いについて説明したいと思います。

IFRSについては、無形資産が下記のように定義されています。

無形資産は、分離可能性規準又は契約法律規準のどちらかを満たす場合に識別可能となる。分離可能性規準とは、取得した無形資産を、個別に、又は関連する契約、識別可能資産又は負債とともに、被取得企業から分離又は分割して、売却、移転、ライセンス供与、賃貸又は交換することができることをいう。

IFRS3号B31, 33

契約上の基礎を有しているものとして識別される無形資産は、契約上又はその他の法的な権利から生じるものである。

IFRS3号IE17

この定義を見ても分かるよう

にIFRSにおいては

  • 契約または法的な権利
  • 分離して識別可能

という二つの要件があるのが特徴です。一方で日本基準においては、

受け入れた資産に法律上の権利など分離して譲渡可能な無形資産が含まれる場合には、当該無形資産は識別可能なものとして取り扱う

企業結合会計基準29項

とあるように、

必要条件は『分離可能性』のみで、法律上の権利は、あくまで分離可能性を満たすための十分条件に過ぎないという位置づけとなっています。

2.IFRSと日本基準との差についての考察

日本基準においては、法律上の権利であるか否かに関わらず、分離可能性を満たすのであれば無形資産として識別されます。

一方で、分離可能性を満たさないのであれば、法律上の権利であっても識別可能要件を充足せず、無形資産として識別されないということになります。

この点は、法律上の権利が明文規定として無形資産の識別要件とされているIFRSとの大きな違いになります。

しかしながら、ここからが重要な点ですが、日本基準においては

特定の無形資産に着目して企業結合が行われた場合など、企業結合の目的の1つが特定の無形資産の受入であり、その無形資産の金額が重要になると見込まれる場合には、当該無形資産は分離して譲渡可能なものとして取り扱う。

企業結合会計基準適用指針59-2項

という規定があり、企業結合の目的自体が特定の無形資産の受入である場合は、『分離して譲渡可能なものとして取り扱う』、つまり、無形資産に計上されます。

仮に、企業結合会計基準29項を適用して、企業側が識別可能要件を意図的に狭く解釈することにより自社に有利な会計処理をしようとしたとしても、適用指針59-2項の規定により、企業結合において重要な無形資産があればこれを計上しなければならないため、実質的にはIFRSと大きな違いはないことになります。

3. 企業結合基準改正による変化

過去の企業結合基準においては、そもそもPPAや無形資産の識別については『できる』規定に過ぎず、実務上はほとんどPPAが行われることはありませんでした。

これがIFRSとのコンバージェンスにより、『義務』規定に改正されてことによりPPAが実務上必要になり、無形資産の識別がM&Aにおける重要な会計トピックになったという話は以前のコラムでもお話させていただきましたが、実は、もう一点、改正前の企業結合基準と改正後の企業結合基準との間で大きな違いがあります。

それは、下記のように改正前の企業結合基準では無形資産の例示が明記されていたのに対し、

独立第三者と締結した契約に基づく権利で未履行のもの
これには、業務委託契約、請負契約、施設利用契約、商品売買契約、フランチャイズ契約等が含まれる

改正後の企業結合基準においては、この例示が削除されているという点です。

削除された理由は実は、改正前の企業結合による無形資産の定義にあります。

改正前の企業結合基準の無形資産の識別要件はIFRSと同様、

  • 契約または法的な権利
  • 分離して識別可能

のどちらかを満たしていればよいとされていました。

一方で、企業結合基準の改正により、無形資産の識別要件は原則として『分離して譲渡可能』であるかどうかに集約されましたから、法的な権利が確実に無形資産となることを前提とする改正前の企業結合基準の例示は、新しい企業結合基準においてはなじまなくなってしまい廃止されたという訳です。

このような事情で新しい企業結合基準には無形資産の例示がありませんから、具体的な無形資産の議論をするのが本来は難しいのですが、幸いIFRSには詳細な例示があり、また上述したようにIFRSの無形資産と現行の日本基準の無形資産は実質同じと考えられることから、次回以降のコラムにおいてはIFRSに例示されている無形資産の事例をベースとした解説を行っていきたいと思います。