『合理的に確実』の閾値に関する論点

前回のコラムでは、公開草案の改正に伴い重要論点として浮上した『借手のリース期間』の理論的背景について見てきました。

公開草案が使用権モデルを採用したことにより、様々な形態のリース取引について『リース期間』の特定が必要になりにわかにホットな論点になったという経緯がありました。

今回はこの『借手のリース期間』の論点のうち、もっとも実務上の判断が難しい『合理的に確実』という概念について解説をしていきたいと思います。

1.借手のリース期間の定義

企業会計基準公開草案第 73 号「リースに関する会計基準(案)」等(リース基準(案))には、リース期間が下記のように定義されています。

借手は、借手のリース期間について、借手が原資産を使用する権利を有する解約不能期間に、次の(1)及び(2)の両方の期間を加えて決定する
(1) 借手が行使することが合理的に確実であるリースの延長オプションの対象期間
(2) 借手が行使しないことが合理的に確実であるリースの解約オプションの対象期間
借手のみがリースを解約する権利を有している場合、当該権利は借手が利用可能なオプションとして、借手は借手のリース期間を決定するにあたってこれを考慮する。貸手のみがリースを解約する権利を有している場合、当該期間は、借手の解約不能期間に含まれる。

ここでのポイントとしては、冒頭でも述べたように『合理的に確実』というワードです。

要は、オプションの行使可能性などを合理的に見積り、リース期間の期待値を出すというのが趣旨で一般論としてはもちろん分かりますが、この『合理的に確実』という概念の閾値がどこにあるのかというのが今回解説したい内容となります。

2.経済的インセンティブを生じさせる要因

リース適用指針(案)には、借手が延長オプションを行使すること又は解約オプションを行使しないことが合理的に確実であるかどうかを判定するにあたり、経済的インセンティブを生じさせる要因を考慮させる旨の記載があります。

これは公開草案の議論の中でも紆余曲折あった点ですが、重大な経済的インセンティブを有しているオプションの対象期間をリース期間とするアプローチも考慮されたようです。

これは、行使する経済的インセンティブがなければダメで、行使されるインセンティブだけでは不十分と判断されるため、経営者の見積りや意図だけに基づく閾値よりも客観的な閾値を設けることを意図してのことです。

しかし、「重大な経済的インセンティブ」の閾値が「合理的に確実」の閾値と同様であるならIFRSと同じですし、実務上の両者を区別することは現実には難しく、それならば「合理的に確実」という概念を維持したほうが良いという判断に落ち着いたようです。

ただし、この「経済的インセンティブ」の概念自体は残存しており、リース適用指針(案)の中でも具体的に例示されているので、この議論の経緯を次章では概括していこうと思います。

3.『合理的に確実』概念に対する懸念とIFRS第16号

審議では以下のような懸念が表明されたとリース適用指針(案)には記載があります。


(1) 「合理的に確実」の判断にばらつきが生じる懸念及び過去実績に偏る懸念
① 「合理的に確実」の解釈のばらつきにより、企業間及び国際間の比較可能性が損なわれる可能性がある。
② 「合理的に確実」は、高い閾値にもかかわらず、実務的に閾値が低くなる可能性がある。
③ IFRS第16号には「過去の実務慣行等を考慮してリース期間を検討する」との定めがあり、一つの有用な方法と思われるが、過度に考慮すべきではなく、将来の見積りに焦点を当てるべきである。
④ 解約不能期間が比較的短期である場合の延長オプションの行使について蓋然性を考慮して借手のリース期間を決定することに困難を伴う可能性がある。

列挙されているものは、大きく分けると3つのカテゴリーに分解されます。

①と②は、「合理的に確実」という概念には解釈の余地が大きすぎて恣意的な会計処理になるかもしれない懸念が表明されています。

③はちょっと難しいですが、大前提として公開草案のリース適用指針(案)はIFRS第16号と同じスタンスを保持する前提(そして実際にそうなっている)で議論が進んでいるところ、IFRS第16号の定義をそのまま入れると過去の実績に過度に影響を受けてしまい、将来見積が適切に反映されない懸念が表明されています。

④はそのままの内容で、実務上の困難性が懸念されています。

ここにもあるように、IFRS第16号には「過去の実務慣行等を考慮してリース期間を検討する」との記載はあるものの「合理的に確実」に関する具体的な閾値の記載はなかったため、議論はTopic482を参照する方向に進みました。

3.Topic482の『合理的に確実』概念

米国会計基準会計基準更新書第 2016-02 号「リース(Topic 842)」では、『合理的に確実』が高い閾値であることを記載した上で、米国会計基準の文脈として『more likely than no』(そうでない場合よりは高い)よりは高いが、『virtually certain』(ほぼ確実)よりは低いであろうことが記載されています。

Topic842のこの『合理的に確実』の閾値は、一般論としてはIFRS第16号より若干保守的にリース期間が見積もられているといわれています。

一方で公開草案の『合理的に確実』の閾値は現段階では何とも言えないものの、『合理的に確実』の判断にばらつきが生じる懸念であったり、過去実績に偏る懸念などへの対応として、『借手が行使する経済的インセンティブ」を有しているかどうかを考慮することとしました。

この『借手が行使するインセンティブ』を有する水準が『合理的に確実』の閾値になると思われ、また、この『借手が行使するインセンティブ』を生じさせる要因の例示が以下のように適用指針に示されています。


(1) 延長又は解約オプションの対象期間に係る契約条件(リース料、違約金、残価保証、購入オプションなど)
(2) 大幅な賃借設備の改良の有無
(3) リースの解約に関連して生じるコスト
(4) 企業の事業内容に照らした原資産の重要性
(5) 延長又は解約オプションの行使条件※
※(5)はたとえばオプションの行使条件が借手にとって有利である場合には、経済的インセンティブが生じるというような意味です。


借手のリース期間は、経営者の意図や見込みのみに基づく年数での見積は許容されず、上記の例示のような借手が行使する経済的インセンティブを有するオプションのみを反映させるようにしなければなりません。

すなわち、借手が原資産を超長期で使用する見込んだとしても借手のリース期間がその超長期の期間となるわけではありませんし、借手のリース期間の見積はあくまで、借手が延長オプションを行使する経済的インセンティブを有し、当該延長オプションを行使することが合理的に確実か否かの判断の結果によらなければなりません。