指数又はレートに応じて決まる借手の変動リース料

引き続き、2023年5月2日に企業会計基準委員会より公表された企業会計基準公開草案第 73 号「リースに関する会計基準(案)」等(リース基準(案))及び企業会計基準適用指針公開草案第 73 号「リースに関する会計基準の適用指針(案)」(リース適用指針(案)に関する解説をしていきたいと思います。

以前の「借手のリース料について」というコラムでは、使用権資産及びリース負債の計上額の検討を行い、指数又はレートに応じて決まる借手の変動リース料の範囲と、そのケースごとの会計処理について見てきました。

おさらいですが、リース基準(案)のリース料の範囲としては、(1) 借手の固定リース料、(2) 指数又はレートに応じて決まる借手の変動リース料、(3) 残価保証に係る借手による支払見込額、(4) 借手が行使することが合理的に確実である購入オプションの行使価額、(5) 借手のリース期間に借手による解約オプションの行使を反映している場合におけるリースの解約に対する違約金の借手による支払額という5つがリース料に含まれました。

⑵の変動リース料については、①指数又はレートに応じて決まる借手の変動リース料、②原資産から得られる借手の業績に連動して支払額が変動するリース料、③原資産の使用に連動して支払額が変動するリース料という3類型がありました。

そして、この3類型のうち、①については借手の将来の活動に左右されないため負債の定義を充たすことができ、リース負債計上が可能ですが、②と③については、借手が自身の将来の活動を通じて支払を回避できる余地があることから原則として負債の定義を充たさず、負債計上しないという結論になりました。

今回のコラムは、上記の『⑵指数又はレートに応じて決まる借手の変動リース料』に含まれる『市場における賃貸料の変動を反映するように当事者間の協議をもって見直されることが契約条件で定められているリース料』についての論点です。

このようなリース料は広義においては市場価格に応じて変動しますが、「当事者に協議によって見直す契約条件」の部分をどのように会計処理に反映するかについて検討をしたいと思います。

1.市場における賃貸料の変動を反映するように当事者間の協議をもって見直されることが契約条件で定められているリース料の会計処理

リース適用指針(案)には、『市場における賃貸料の変動を反映するように当事者間の協議をもって見直されることが契約条件で定められているリース料』について借手の会計処理として、

指数又はレートに応じて決まる借手の変動リース料について、リース開始日には、借手のリース期間にわたりリース開始日現在の指数又はレートに基づきリース料を算定する

と記載されています。

これはある意味当たり前の規定で、リース開始日にはリース条件の見直しが行われないので通常の『⑵指数又はレートに応じて決まる借手の変動リース料』と同じ会計処理を行えばよいことになります。

この条文の重要な点は実は、但書の方にあります。

前項の定めにかかわらず、借手は、指数又はレートに応じて決まる借手の変動リース料について、合理的な根拠をもって当該指数又はレートの将来の変動を見積ることができる場合、リース料が参照する当該指数又はレートの将来の変動を見積り、当該見積られた指数又はレートに基づきリース料及びリース負債を算定することを、リースごとにリース開始日に選択することができる。

と記載がありますが、ここにもあるように合理的な根拠をもって指数やレートの将来変動を見込める場合にはこれをリース料の算定に反映することができるとなっています。

実はこの部分がIFRSなどと異なる日本基準(公開草案)特有の規定になるため、以下その背景を解説します。

2.IFRSと日本基準の違い

IFRS第16号では、指数やレートの見積が変わる場合には見積りの変動を織り込む、または見積りが可能な場合は見積もるべきという考え方が示されており、前章の会計処理の基本的な考え方としてはこのIFRS第16号の方針にしたがったものとなります。

しかし、参照する指数又はレートの将来の変動を見積るためには、企業によっては容易に利用可能ではない可能性があるマクロ経済情報が必要となる場合があるなど、情報の有用性に対して実務上のコストが見合わないことや、選択肢があることによる比較可能性を阻害する弊害などが懸念されたため、リース開始後の指数やレートの変動の見積りを会計処理に反映する処理の部分的採用は見送られ、参照する指数又はレートがリース開始日以降にリース期間にわたり変動しないとみなしてリース負債を測定する定めが置かれたという経緯があります。

一方、公開草案の日本基準では、前章でも述べたように、合理的な根拠見積ることができる場合には、指数またはレートの将来の変動を反映板指数またはレートに基づきリース料およびリース負債を算定することを選択できるとして、指数又はレートに応じて決まる借手の変動リース料に関する例外的な取扱いを置くことにしています。

次の章では、日本基準がなぜIFRSと異なる定めを設けたかについて見ていきます。

3.日本基準の例外規定の趣旨

日本基準がIFRSと異なる基準を設けた背景には、想定している取引の実務上の違いがあります。

海外においては物価指数や金利に連動するようなリース料を想定していますが、日本における『指数又はレートに応じて決まる変動リース料』として一般的に考えられるのは、”market rent review”のついたリース料と思われます。

“market rent review”とは、長期の不動産賃貸借契約などでよく行われる市場の賃料相場等を踏まえたリース料の見直しのことで、通常、数年ごとに貸手と借手が協議を行って賃料を見直すような取り決めになっている実務が多いです。

対象物件が古くなってくると原資産の経年劣化で賃料が下がることが通常だと思いますが、リース開始日現在の賃料が何十年も維持される前提でリース料を計上するのはあるべきリース料と比べて過大に計算されてしまいます。そして、リース料が過大に計算されるということはリース負債の過大計上が行われるということで適切な会計処理ではないという意見がありました。

これはもっともな意見で、実務慣行に照らしてもIFRS第16号の原則処理のみでは日本においてはリース負債の過大計上が多く発生してしまうと思われます。

一般に参照する指数又はレートについては、必ずしも借手である企業の活動に左右されるものではなく、比較的客観的なものです。

そのため参照する指数又はレートの将来の変動を見積るための十分な情報が入手できる場合、参照する指数又はレートの将来の変動を見積るためのマクロ経済情報が容易に利用可能である場合も存在すると考えられ、合理的に見積ることができる場合にまでそれを排除する必要はないのではないかというのがその趣旨となります。

とはいえ賃料というのは不動産価格と強い相関があり、金融政策や法改正などの影響を強く受けるもので本当に10年以上先の賃料を合理的に見積もることができるのか、現実問題として非常に難しいのではないかという議論もあります。

また、この見積りに基づいてリース負債を計上する方法を採用した場合には、決算日ごとに見積りを更新してリース負債を計算し直さなければならず、見直しのたびにリース負債の計上額が変動し、使用権資産の計上額もこれに連動して変わります。

それに伴い使用権資産の減価償却費も当然に変わるので、固定資産台帳も含め随時更新が必要となり、実務上非常に煩雑となることが予想されます。

見積りの合理性に関する監査手続の増大(監査手続の増大は監査報酬の増加につながります)も含め、この例外処理を採用するか否かについては負担がかなり大きくなると思われるため、担当の監査法人などとも十分に検討したうえで行うのがよさそうです。