上場準備企業の会計的注意点-資産除去債務⑴

上場準備企業においては、上場準備にあたって、中小企業において行われる税務会計から金商法をベースとした制度会計への転換が必要となります。

 

当然そのような転換をにおいては、注意すべき会計上の論点が数多くあり、これらの論点を適切に会計処理できないと上場スケジュールのスムーズな進行を妨げることになります。

 

今回は、数ある論点の中でも資産除去債務について、考察したいと思います。

(なお、資産除去債務については3回のシリーズで解説をしていきます。)

 

1.資産除去債務についての概観

『資産除去債務』とは、企業会計基準第18号にて、『有形固定資産の取得、建設、開発又は通常の使用によって生じ、当該有形固定資産の除去に関して法令又は契約で要求される法律上の義務及びそれに準ずるものをいう。この場合の法律上の義務及びそれに準ずるものには、有形固定資産を除去する義務のほか、有形固定資産の除去そのものは義務でなくとも、有形固定資産を除去する際に当該有形固定資産に使用されている有害物質等を法律等の要求による特別の方法で除去するという義務も含まれる』と定義されています。

 

また、ここでの「除去」の定義も同号にて次のように定義されています『有形固定資産の「除去」とは、有形固定資産を用役提供から除外することをいう(一時的に除外する場合を除く。)。除去の具体的な態様としては、売却、廃棄、リサイクルその他の方法による処分等が含まれるが、転用や用途変更は含まれない。また、当該有形固定資産が遊休状態になる場合は除去に該当しない。』

 

これらを債務(負債)として計上する必要がある理由は、有形固定資産の除去に対する将来の負担を財務諸表に適切に反映させることが投資情報として役立つからです。

 

資産除去債務の具体的な例としては、

 

  • 原子力発電所の解体費用
  • 定期借地権契約で建設した建物の除去費用
  • 賃貸物件の原状回復費用

 

といったものが挙げられます。

 

分かりやすい例としては、土地の賃貸借契約をイメージするとよいでしょう。

賃借契約終了後に土地に建てた建物の撤去等の原状回復をしなければならない旨が契約書に記載されていた場合、これは契約で要求された義務となります。

 

契約上の義務であり、かつ将来の金銭的な負担が合理的に見積もれるのであれば会計上は負債として計上すべきです。

この将来の負担を、資産除去という形で認識しているということになります。

 

2.資産除去債務の範囲とその詳細について

資産除去債務の対象範囲は有形固定資産に対する除去債務となりますが、その有形固定資産は、通常の有形資産の他に、有形固定資産に準ずる有形の資産が含まれます。

 

建設仮勘定、リース資産のほか、財務諸表等規則において「投資その他の資産」に分類されている投資不動産などについても、資産除去債務が存在している場合には、資産除去債務の対象となるので注意しましょう。

 

また『除去』の具体的の内容としては、売却、廃棄、リサイクル等が含まれますが、転用や用途変更は含まれないことに注意が必要です。

また、当該有形固定資産が遊休状態になる場合は除去に該当せず、(資産除去債務は有形固定資産の除去にかかわるものであるので)有形固定資産の使用期間中に実施する環境修復や修繕は資産除去債務の対象とはなりません。

 

3.『通常の使用』についての解説

会計上定義される『有形固定資産の…通常の使用』は、有形固定資産を意図した目的のために正常に稼働させることをいいます。

 

したがって、有形固定資産を除去する義務が、不適切な操業等の異常な原因によって発生した場合は、資産除去債務として会計処理すべきではありません。

 

不適切な操業等の以上原因による除去は、将来キャッシュフローを稼得できるはずであった資産の価値の減少、滅失であり、(損失性)引当金の計上または「固定資産の減損に係る会計基準」の適用により解決するのが適切です。

 

もう一つ注意点として、産業廃棄物等による土地の汚染除去の義務が通常の使用によって生じた場合があります。

こうした土地の汚染除去は、実質的には有形固定資産の除去のケースと変わりがないので、通常はその土地に建てられている建物や構築物等の資産除去債務と考えられ、資産除去債務の会計基準の対象となります。

 

4. 『法律上の義務に準ずるもの』とは何か

法律上の義務およびそれに準ずるものには、有形固定資産を除去する義務のほか、有形固定資産の除去そのものは義務でなくとも、有形固定資産を除去する際に当該有形固定資産に使用されている有害物質等を法律等の要求による特別の方法で除去するという義務も含まれます。

 

法律上の義務に準ずるものとは、債務の履行を免れることがほぼ不可能な義務を指し、法令または契約で要求される法律上の義務とほぼ同等の不可避的な義務が該当します。

 

具体的には、法律上の解釈により当事者間での精算が要請される債務に加え、過去の判例や行政当局の通達等のうち、法律上の義務とほぼ同等の不可避的な支出が義務付けられるものが該当すると考えられます。

 

法律上の義務でなくても、実質的に義務があるのであれば法的な形態よりも実質を重視して会計上は処理を行うのが合理的です。

 

従って、有形固定資産の除去が企業の自発的な計画のみによって行われる場合は『義務』ではないため、負債としての要件を満たさず、法律上の義務に準ずるものには該当せず、資産除去債務には該当しないと考えられます。