上場準備企業の会計的注意点-資産除去債務⑵
上場準備企業においては、上場準備にあたって、中小企業において行われる税務会計から金商法をベースとした制度会計への転換が必要となります。
当然そのような転換をにおいては、注意すべき会計上の論点が数多くあり、これらの論点を適切に会計処理できないと上場スケジュールのスムーズな進行を妨げることになります。
前回に引き続き、資産除去債務の解説をしていきたいと思います。
(なお、資産除去債務については3回のシリーズで解説をしていきますが、今回は2回目となります。)
1.資産除去債務の認識
企業会計基準第18号4によれば、『資産除去債務は、有形固定資産の取得、建設、開発又は通常の使用によって発生した時に負債として計上する。』とあります。
資産除去債務は基本的には資産の取得時に計上されますが、その金額を合理的に見積ることができない場合は、18号5にて『資産除去債務の発生時に、当該債務の金額を合理的に見積ることができない場合には、これを計上せず、当該債務額を合理的に見積ることができるようになった時点で負債として計上する。』と定められているように、あくまで計上には金額の合理的な見積りが不可欠となります。
取得時に除去にかかる費用を合理的に見積もることのできる場合は「資産除去債務」として計上し、見積ることができない場合には合理的な見積りが行えるように、関連する証憑、除去業者への見積依頼などを行う必要があります。
上記のような取り組みを行った結果、それでも合理的な見積りが行えない場合には、資産除去債務の認識は行わないことになりますが、あくまで極めて例外的な場合であることに留意する必要があります。(資産除去債務の計上を行いたくないために、当該規定を拡大解釈して資産除去債務の認識を行わないことは許容されません。)
2.資産除去債務の金額の算定
次は、具体的に合理的な債務金額の見積もりをどのように行うかについて見ていきます。
第一に、除去費用について債割引前将来キャッシュ・フローを見積もる必要があります。
割引前将来キャッシュ・フローなので、この段階では資本利子率による割引計算を行う必要はありません。
この将来キャッシュ・フローには、有形固定資産の除去に係る作業のために直接要する支出だけでなく、処分に至るまでの支出(例えば、保管や管理のための支出)も含める必要があります。(会計基準6)
基準18号には『資産除去債務はそれが発生したときに、有形固定資産の除去に要する割引前の将来キャッシュ・フローを見積り、割引後の金額(割引価値)で算定する。』とあり、まず除去費用の割引前の将来キャッシュを見積もった後で、適切な割引率を選定した上で割引計算を行って資産除去債務の計上額を算定することになります。
また、将来キャッシュ・フローを見積もるにあたっては、下記の点に留意してください。
(1) 対象となる有形固定資産の除去に必要な平均的な処理作業に対する価格の見積り
(2) 対象となる有形固定資産を取得した際に、取引価額から控除された当該資産に係る除去費用の算定の基礎となった数値
(3) 過去において類似の資産について発生した除去費用の実績
(4) 当該有形固定資産への投資の意思決定を行う際に見積られた除去費用
(5) 有形固定資産の除去に係る用役(除去サービス)を行う業者など第三者からの情報
上記5つを基礎として、自己の支出見積りとしての有形固定資産の除去に要する割引前の将来キャッシュ・フローを見積もります。
もう一つ注意点としては、(1)から(5)により見積られた金額に、インフレ率や見積値から乖離するリスクを勘案し、また、合理的で説明可能な仮定及び予測に基づき、技術革新などによる影響額を見積ることができる場合には、これを反映させる必要があります。
4.使用する割引率
上記の基礎をもとに将来キャッシュ・フローを算定し、それに割引率を使って『現在の資産除去債務』の金額を算出します。
使用する割引率には二つの方法があります。
1つは『無リスクの割引率』を用いる方法です。
無リスクの割引率はリスクフリーレートとも呼ばれ、その名の通りリスクが無いことを前提として現在の価値を示すことだけを考え、時間価値のみを反映した割引率のことをいいます。
無リスクの割引率の具体的な例としては、過去の平均的な長期国債利回りなどが挙げられます。
仮に当期首に取得した固定資産の資産除去にかかる費用の割引前将来キャッシュ・フローが10,000円、無リスク割引率が1%だった場合で、3年後に除去するケースを想定します。
この場合、3年後に10,000円と同じ価値となる金額を計算するには、10,000円÷1.01÷1.01÷1.01≒9,706円となりますので、計上する資産除去債務は9,706円となります。(9,706円を3年間1%で運用すると、9,706円×1.01×1.01×1.01≒10,000円)
3年間無リスクの利子率で運用できる機会費用を考慮すると、3年後の10,000円は現在の価値に換算すればもっと低い金額となります。
上記の計算は、3年後の10,000円を無リスクの割引率を用いて、現在価値に修正したものとなります。
もう一つは『信用リスクを反映させた割引率』を使用する方法です。
その名の通りリスクを反映させた割引率のことであり、無リスク割引率が1%、信用リスクが5%である場合、信用リスクを反映させた割引率は6%となります。
先ほどの条件で割引率を信用リスク割引率を使用すると、取得時に計上される資産除去債務は10,000円÷1.06÷1.06÷1.06≒8,397円になります。
割引率は大きくなればなるほど現在価値が減少するので、計上される資産除去債務は小さくなりますが、資産除去債務は利子が発生するわけではないので、信用リスクを考慮する必要はないというのが一般的です。