暗号資産交換業者の分別管理監査のポイント
暗号資産交換業者は、利用者財産の保護の観点から資金決済法63条の11第1項や第2項及び実務指針55などで、分別管理の体制を社内に整備しなければならないとされており定期的に日本暗号資産取引業協会(JVCEA)が公表する「《会員における利用者財産の分別管理のチェック項目及びチェックポイント》」等を利用して、適切に運用していることを自ら確認・点検しなければなりません。
加えて暗号資産交換業者は毎年1回以上、公認会計士又は監査法人による分別管理の管理状況の監査(分別管理監査といいます)を受けなければなりません。
日本公認会計士協会が公表する「暗号資産交換業者における利用者財産及び履行保証暗号資産の分別管理に係る合意された手続業務に関する実務指針」)に分別管理監査の監査手続が示されています。
この分別管理監査手続は、決算時に受ける財務諸表監査とは内容や目的が異なりますので注意しましょう。
1 財務諸表監査と分別管理監査の違い
財務諸表監査は、暗号資産交換業者が作成した決算書について、監査人は暗号資産交換業者の内部統制を理解した上で監査証拠を入手する等して監査基準その他法令等に基づいた『監査手続』を実施することにより、その適正性を意見表明することを目的として行われます。
他方、分別管理監査は、利用者財産の保護の観点から暗号資産交換業者の分別管理の状況について暗号資産交換業者と監査人との間で『合意された手続業務』として行われ、客観的な報告を行うことを目的としています。
財務諸表監査では、経営者の作成した財務諸表が、一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に準拠して、企業の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況をすべての重要な点において適正に表示しているかどうかについて、監査人が自ら入手した監査証拠に基づいて判断した結果を意見表明します。
分別管理監査の場合は、資金決済法第63条の11第2項の規定に基づき、同条第1項の規定による仮想通貨交換業者の分別管理の状況、すなわち分別管理の法令遵守及びその内部統制の整備及び運用の状況について、仮想通貨交換業者との間で合意された手続を実施し、その結果を報告するだけです。
財務諸表監査の場合は、経営者の作成した財務諸表全体に対しての意見表明になるため、例えば必要な監査証拠を経営者が揃えることができなかった場合は「意見不表明」となりますし、必要な証拠を検討した結果、財務諸表の記載が不適切であれば「不適正意見」となります。
対して分別管理監査における監査人の役割は監査において確認できたことを報告することにあります。したがって、例えば分別管理に必要な資料を暗号資産交換業者が作成していなかった場合の分別管理監査の結果は、「○○の手続を実施した結果、△△の資料はなかった。」という形での報告となります。
2 分別管理監査でのチェック項目及びチェックポイント
暗号資産交換業者は、内部統制を構築し、利用者財産保護のために分別管理を整備・運用しなければなりません。
そして、日本暗号資産取引業協会が公表する「《会員における利用者財産の分別管理のチェック項目及びチェックポイント》」に沿って自ら管理・点検する必要があります。
そして、監査人もこのチェック項目及びチェックポイントに沿って分別管理監査手続を行います。
以下、分別管理監査のチェック項目及びチェックポイントについて説明します。
(1)全般的事項
経営者の分別管理に関する法令遵守に対する意識や内部統制がチェック項目として問われることになります。
チェックのポイントとしては、経営者の利用者財産に対する保全意識・分別管理の重要性に対する認識や、分別管理に関する社内規程の整備状況、及び社内検査の実施状況等です。
利用者財産保護のため分別管理は何より重要であるので、経営者だけでなく分別管理責任者も分別管理監査の対象として質問を受けたり、また分別管理に関する社内規程の閲覧も行われます。
この全般的事項では、経営者の分別管理に対する意識などが問われ、全社的に影響を及ぼす性質の質問項目が多いことが重要なポイントです。
(2)金銭の分別管理(全般的事項)
チェック項目は、分別管理のうち、利用者区分必要額や利用者から預かっている法定通貨が正確に記載されているかなどの帳簿による管理状況です。
暗号資産交換業者が実際に業務で利用している法定帳票や、会計帳簿を閲覧などが分別管理監査の際には行われます。
分別管理帳簿は本当は毎営業日作成しなければならないものですが、実際には暗号資産交換業者において分別管理を主管する部署と経理を担当する部署が離れていることも多く、会計帳簿への記録が遅れがちになっているのが現状のようです。
(3)金銭の分別管理(利用者区分管理信託)
暗号資産交換業者が、自己の金銭と分けて利用者の金銭を管理するために行う信託会社等への金銭信託についての契約状況や管理状況がチェック項目です。
チェックポイントとしては、暗号資産交換業者に関する内閣府令第26条の項目や暗号資産交換業に係る利用者財産の管理等に関する規則第9条などが挙げられます。
預り金等利用者財産の保全は何より重要なことであるため、社内システムを整え利用者区分管理必要額とともに信託財産の管理を行うことは必須となります。
2020年5月1日の改正資金決済法の施行により、これまで実務であまり利用されていなかった信託について、利用者から預かる法定通貨の管理は信託にることが義務付けられたので、今後は実務に広く浸透していくでしょう。
(4)暗号資産の分別管理
暗号資産の分別管理状況がチェック項目です。
利用者の暗号資産について、利用者毎や暗号資産毎に日々の記録や数量管理などが行われているかの帳簿での管理状況の確認や、第三者に管理委託している場合の管理状況や社外委託業務に係る社内規定の整備やその管理業務が遂行されているかなどがチェックのポイントです。
ウォレットの区分管理、アドレスや秘密鍵の管理方法等などもチェックポイントです。
分別管理責任者への業務ヒアリングが分別管理監査の際に行われることもあります。暗号資産の流出リスクに備えた対応については、新しくチェックポイントに追加されているので注意しましょう。
(5)ITに係る全般的事項
チェック項目は、暗号資産交換業者に係るシステムリスクの管理や運用についてです。
システムリスク管理の基本方針を定め運用し、評価や見直し、セキュリティ管理などがチェックポイントです。
分別管理監査の際は、会社のシステムリスク管理体制の状況をチェックするため、システム管理責任者への質問や、システムリスク基本方針の閲覧などを行いますサイバーセキュリティ管理や、コンティンジェンシープランの策定及び暗号資産の流出対策についての項目がチェックポイントとして追加されているため留意が必要です。
(6)分別管理に係るITの管理(アクセス・セキュリティ、システム開発と変更、運用方法など)
経営者の承認のもと分別管理に係るシステムに関する各種規定が整備され、システムの管理、開発・変更、運用等が行われているかチェック項目です。
システムを利用するうえで、職務権限規程やセキュリティ規定、不正アクセス対策や社内ID管理、利用者ID管理やシステム関係のマニュアル、運用管理の整備等がチェックのポイントです。
分別管理監査の際は、不正アクセスの防止、ユーザーIDの管理状況等を確認するため、システム管理者に質問したり関連規定の閲覧を行ったりします。