PPAにおける無形資産の評価③
引き続きPurchase Price Allocation(M&Aにおける取得原価の配分。以下、PPAと記載)を行う際の無形資産の評価方法をテーマに解説をしていきたいと思います。
前回のコラムでは、無形資産の評価方法として、コスト・アプローチ、インカム・アプローチ、マーケット・アプローチの3種類があることを紹介しました。
今回はそれぞれのアプローチについて、さらに詳細な説明をしていきたいと思います。
1.コスト・アプローチにおける評価法
コスト・アプローチは、同等の資産を受け入れるのに要するコストをもって評価する方法で、『複製原価法』や『再調達原価法』といった方法でその評価がなされます。
コスト・アプローチによれば、資産の用役能力を再調達するために現在必要な金額に基づいて無形資産を評価することになりますので、その評価額は必要なコストから価値の減額調整をして算定されることになります。
価値の減額調整は換言すると資産の劣化分ということになります。
この劣化をさらに分類していくと、物理的陳腐化、機能的陳腐化、技術的陳腐化、経済的陳腐化に分かれます。
無形資産の場合、物理的実態が無いため物理的陳腐化はあまり発生せず、当初見込まれた機能が働かなくなる機能的陳腐化、より多くの生産量を生産可能とする技術進歩の進展がある場合に生じる技術的陳腐化及びコントロール不能な外的要因により発生する経済的陳腐化が主な減額調整項目となります。
次に、複製原価法と再調達原価法のそれぞれについて説明をしていきます。
① 複製原価法
複製原価法は、現時点で、評価対象無形資産と全く同じ複製を製作するコストに基づいて無形資産の価値を評価するという方法です。
留意点として、評価対象の無形資産にある陳腐化も引き継がれるというものがあります。評価時には、この陳腐化の影響も含めて調整する必要があります。
② 再調達原価法
再調達原価法とは、現時点で、評価対象無形資産と全く同じ効用を有する無形資産を製作するコストに基づいて無形資産の価値を評価する方法です。
再調達原価法によれば、評価対象無形資産と同じ効用を有するものを現在の作成方法で複製するコストで評価することになるため、修復不能な機能的陳腐化・技術的陳腐化の調整は不要となります。
2.マーケット・アプローチにおける評価法
マーケット・アプローチは、同等の資産が市場で実際に取引される価格をもって評価する方法です。
同一または比較可能な資産に関する市場価格などとの比較を用いる評価アプローチで、類似する無形資産の売買取引価格やライセンス取引から無形資産の価値を推計するものといえます。
具体的には、売買取引比較法、利益差分比較法、概算法、市場取替原価法といったものがあります。
① 売買取引比較法
売買取引比較法は、無形資産の価値を当該無形資産と類似の無形資産の実際の売買取引に基づいて評価する方法です。売買取引比較法は評価資料が入手可能であれば、評価法としては最も直接的で実証的な方法と言われています。
② 利益差分比較法
利益差分比較法は、複数の類似事業の中から、一方は無形資産を使用している事業を他方は無形資産を使用していない事業を選定し、無形資産を使って事業をしている企業が達成した利益と、無形資産を使用しないで事業をしている企業の利益の差額に資本還元率を適用して無形資産を評価する方法です。
フランチャイズ契約、商標、特許権を取得した技術の評価に用いる場合にもっとも効果を発揮します。
③ 概算法
特定の業界では、無形資産の売買においてよく使用される一定の経営指標と類似する無形資産取引金額とを手がかりにして無形資産を評価する方法です。
とはいえ、上記のの経営指標の大半が単純なものでしかないため、これだけで無形資産の正確な評価を行う事は難しく、多くの場合は他の評価法と併用して使用されます。
④ 市場取替原価法
市場取替原価法は、一般市場における無形資産の再調達原価をその無形資産に関する外部の専門家によって評価額を推定する方法です。
3.評価手法選択の限界について
前回のコラムでも述べたように無形資産評価には多様な評価手法があります。
一方で実務上の制約条件として、評価の際に入手可能となるデータや情報が限られているという問題点があります。
実際には、適用指針などで紹介されている全ての評価手法が採用可能となる訳ではありません。
一例として、コスト・アプローチの複製原価法や再調達原価法でブランド(商標)を評価する場合を考えてみましょう。
まず、永年に亘って培ってきたブランド力については、今現在における複製の際のコストや再調達原価のデータや情報を入手することは困難であることは容易に想像できると思います。(したがって、再調達原価法による評価をブランドに適用することは難しい。)
また、顧客資産をマーケット・アプローチの売買取引比較法で評価するために必要となるデータや情報を入手するのは一般に困難を伴います。
さらに、利益差分比較法にあるような「複数の類似事業の中から、一方は無形資産を使用している事業を他方は無形資産を使用していない事業を選定」するといった評価者にとって都合のよいデータがそろう事は実務上は稀です。
このように、実際に評価方法を適用する際には様々な困難が付きまとう事は理解しておきましょう。
なお、次回のコラムでは、評価の際に必要となるデータや情報が比較的入手しやすく、そのため実務上も数多く採用されていると思われるインカム・アプローチ、特に『超過収益法』と『ロイヤリティ免除法』について解説をしていきます。