株式上場における監査法人選任の現状と問題点

日本でも資本市場の整備が進み、近年ではIPOによる資金調達を積極的に活用する企業も増加しています。

 

現在、日本でIPO を目指す企業は、取引所による上場審査の要件として、直近2事業年度に係る財務諸表等について、日本公認会計士協会の登録を受けた「上場会社監査事務所」から、金融商品取引法第 193 条の 2 に準ずる監査(準金商法監査)等を受けることが求められています。

 

今回は、株式上場をめぐる監査の現状と問題点について解説していきたいと思います。

 

上場企業監査の問題点

株式上場が目指す会社は、投資家保護を担保するため、上場審査基準で求められる会計監査を受けることになりますが、その前提として、作成した財務諸表に対しては、最新の会計基準の適用及び会計処理の適正化(税務または会社法をベースとした中小企業会計からの脱却)が必要となります。

 

 

したがって監査法人は、会計監査の実施だけでなく財務諸表作成に対する指導・助言も行いますので、十分な能力を持った人員などのリソース確保が必須となります。

 

一般的に、日本のIPO監査においては下記のような問題があると言われています。

 

①IPO監査難民の問題

 

Google,Amazon,Teslaといった新興企業の飛躍的成長などもあり、近年は日本でも成長企業への投資が非常に活発になっており、またそれを受けて資本市場においてもグロース企業への投資環境整備が進んでいます。

 

特に近年はIPOを目指す企業が増加傾向にある一方、5~6年前から引受先の監査法人が不足し、IPOを目指す企業が監査法人を見つけられないという問題が散見されるようになっています。

 

トータルで半年から1年程度かけて監査法人を探し回らなければならないケースもあり、監査法人が見つからないため上場のスケジュール自体が遅延したり、最悪、上場を断念しなければならない場合もあるようです。

 

昨今では、中小の監査法人でも経験のある会計士を抱え、上場準備に耐えらえれる法人も増えています。監査の場合、必ずしも大手だからといって高い品質の監査をするという訳ではなく、個々の監査人の能力や経験、監査チームの編成などが重要になってくるので中小監査法人に目を向けることも大切になってきます。

 

実際に、大手監査法人、準大手監査法人に断られても中小監査法人で問題なく上場できるケースも増えているようです。

 

②監査契約の難化

 

実は、このIPO難民問題については、監査法人側にも事情があります。

 

2015 年頃に問題となった IPO 企業の経営者による不適切取引や大企業の会計不正事案などを受けた監査手続の厳格化により、監査工数が増加しており、通常抱える上場クライアントだけで手いっぱいという監査法人が多くなってきています。

 

例えば、働き方改革やサービス残業の状態化など業界特有の労務面の問題などが近年厳しく糾弾される傾向にあり、以前と比べると労働時間も圧縮傾向にあります。

 

それに加え、以前と比べて公認会計士のキャリアが多様化し、他業種への転籍や独立、コンサルティングファームへの移籍など、相対的に監査に必要な人員や監査時間の確保が難しくなっており、監査法人側がIPOに十分な時間を割けないという要因がIPO監査難民問題の原因の一つになっています。

 

③企業と監査法人との期待ギャップ

上場企業の場合、上場準備期間を通じて資本市場のルールや会計監査への理解を深め、企業内に様々な知見が蓄積されているため、監査法人側とのコミュニケーションや期待ギャップはそれほど大きくありません。

 

しかしながら、上場準備企業の場合、資本市場への参加も会計監査も全くの初体験となるため、企業が監査法人側に期待する役割やイメージと、実際に監査法人が行う会計監査やそれに付随する指導機能との間で深刻な認識のズレが生じる可能性があるという問題があります。

 

たとえば、監査法人によるショートレビュー後、相当期間が経過した後に内部管理体制の整備の遅れ等を理由に監査契約を断られ、新規上場までのスケジュールが大幅に後ろ倒しになった事例があります。

 

IPO準備企業の場合、ショートレビュー段階で内部統制などが上場に耐えられるレベルで整備されていることはほぼなく、内部管理体制を整備してから監査法人に相談するという感覚はないことがほとんどですが、(現実的にはかなり妥協してショートレビューを行うものの)本来的には内部管理体制を十分に整備してからショートレビューを受けるのが本来のあるべき姿です。

 

このようにIPO を目指す企業における内部管理体制の整備のタイミングについて、IPOを目指す企業と監査法人との間に認識のズレがあるので、企業側は膨大な指摘事項に辟易する反面、監査法人側も企業の内部管理体制の脆弱さにストレスを溜めるといった非常に不幸なケースもあるようです。

 

企業と監査法人の間にはこうした期待ギャップがあることを互いに認識し、適切なコミュニケーションと相互理解が不可欠になってきます。

 

 

④上場ゴール問題

 

これは必ずしも監査の問題ということではありませんが、近年IPOが増えたことで口にされているのが『上場ゴール問題』です。

 

上場はしたものの、その後の成長が見られず株価が低迷し続けている企業があり、そもそも上場に値する企業であったのかが問われるケースが出てきています。

 

監査リソースという観点からも、こうした企業に貴重なリソース割かれてしまって、今後IPOを目指す有望企業に監査リソースが適切に配分されない可能性がありますし、場合によってはこうした企業は速やかに退出するメカニズムを確保することも必要であるという議論もなされているようです。