資産除去債務における最頻値法と期待値法の優劣について

資産除去債務の見積りに使用する将来キャッシュ・フローの見積り方法は、企業会計基準第18号『資産除去債務に関する会計基準』によれば下記のようなものでした。

(1) 割引前の将来キャッシュ・フローは、合理的で説明可能な仮定及び予測に基づく自己の支出見積りによる。その見積金額は、生起する可能性の最も高い単一の金額又は生起し得る複数の将来キャッシュ・フローをそれぞれの発生確率で加重平均した金額とする。
将来キャッシュ・フローには、有形固定資産の除去に係る作業のために直接要する支出のほか、処分に至るまでの支出(例えば、保管や管理のための支出)も含める。

前回は『自己の支出見積り』について解説し、市場の評価を反映した金額より実務上の見積に優れ、また自社で資産除去債務の除去等を行う事による費用減額効果を正しく反映させることもできることから、『自己の支出見積り』によるものとされているとの内容を解説しました。

今回のテーマは、『生起する可能性の最も高い単一の金額又は生起し得る複数の将来キャッシュ・フローをそれぞれの発生確率で加重平均した金額』という文言についてです。

どちらも文言が非常に難解で、何を言っているのか理解するのに説明が必要だと思います。

また、ご覧の通り複数の見積方法が許容されているのですが、それはなぜかについても説明していきます。

1.割引前将来キャッシュ・フローの見積りにあたっての留意点

まずは、将来キャッシュ・フローの見積それ自身が内包する不確実性について説明をしていきます。

企業会計基準適用指針第21号『資産除去債務に関する会計基準の適用指針』には、将来キャッシュ・フローの見積りについて下記のような記載があります。

企業は、次のような情報を基礎として、自己の支出見積りとしての有形固定資産の除去に要する割引前の将来キャッシュ・フローを見積ることとなります。
(1) 対象となる有形固定資産の除去に必要な平均的な処理作業に対する価格の見積り
(2) 対象となる有形固定資産を取得した際に、取引価額から控除された当該資産に係る除去費用の算定の基礎となった数値
(3) 過去において類似の資産について発生した除去費用の実績
(4) 当該有形固定資産への投資の意思決定を行う際に見積られた除去費用
(5) 有形固定資産の除去に係る用役(除去サービス)を行う業者など第三者からの情報

企業は、(1)から(5)により見積られた金額に、インフレ率や見積値から乖離するリスクを勘案する。また、合理的で説明可能な仮定及び予測に基づき、技術革新などによる影響額を見積ることができる場合には、これを反映させる。


将来キャッシュ・フローの見積りと一口にいっても、サービス価格の変動要素は多岐にわたるため簡単に見積を行う事ができない面もあります。

当然価格は除去作業の内容によりますが、将来の除去時点での除去すべき有形固定資産の状況を想定しないとその正しい見積はできません。

時期、場所、除去業者によっても、違うでしょうし、様々な要素を勘案する必要があるため例示として⑴~⑸のような要素を勘案することを適用指針では求めています。

また、上記の規定にもあるように、インフレが進行すればサービス内容が変わらなくても価格は上昇しているでしょうし、技術革新や海外サービスの普及等により大幅に価格が下落することもあります。

見積には、そういった外部要因を考える必要があります。

2.期待値法と最頻値法

適用指針第17項には、以下のような記載があります。

資産除去債務の履行時期や除去の方法が明確にならないことなどにより、その金額が確定しない場合でも、履行時期の範囲及び蓋然性について合理的に見積るための情報が入手可能なときは、資産除去債務を合理的に見積ることができる場合に該当する。例えば、キャッシュ・フローの発生額は確定していないが、キャッシュ・フローの発生確率の分布が推定可能であるために当該発生額の見積りが可能な場合には、資産除去債務を合理的に見積って、負債として計上することが必要と考えられる

除去費用には前章のような様々な不確実性があるため精緻な見積りを行ってなお、金額が確定しない場合もあります。

かといって、将来キャッシュ・フローの見積りがないと資産除去債務の計上もできませんから、基本的には見積りを行わないという訳にはいきません。

そこで適用指針では、『履行時期の範囲及び蓋然性について合理的に見積るための情報』を入手して、『キャッシュ・フローの発生額は確定していないが、キャッシュ・フローの発生確率の分布』を推定し、『資産除去債務を合理的に見積って、負債として計上する』ことを求めています。

冒頭で、合理的な見積りの方法として『生起する可能性の最も高い単一の金額又は生起し得る複数の将来キャッシュ・フローをそれぞれの発生確率で加重平均した金額』と記載がありましたが、ここで話がつながります。

すなわち、合理的な見積りを行ってなお不確実性が残る場合には、その発生確率のブレを何らかの方法で見積りに折り込む必要があるのです。

適用指針では上記のように二つの方法が提示されており、

『生起する可能性の最も高い単一の金額』で見積る方法を最頻値法、『生起し得る複数の将来キャッシュ・フローをそれぞれの発生確率で加重平均した金額』で見積る方法を期待値法と言います。

3.最頻値法と期待値法の優劣について

最頻値法と期待値法はそれぞれ算定方法が異なります。

なぜ二つの方法が認められているのか、そしてそれぞれの方法に優劣はあるのかここで見ていきたいと思います。

まずキャッシュ・フローの見積り全般については、見積りには最善を尽くす必要がある反面、あまりに過度なコストをかけることはできません。

たとえばインフレ率の見積りをグローバルファームに依頼した結果、そもそも固定資産の購入費用を超過してしまったとなれば固定資産の購入自体を企業が取りやめてしまうでしょうから、会計基準が企業活動にゆがみを与えてしまうことになりかねません。

したがって将来キャッシュ・フローの見積りの前提となる様々な仮定は、上記の制約条件の中で、市場参加者が合理的に期待する仮定を含んだ妥当な仮定に基づく必要があります。

そして上記の仮定は、監査に耐えうる根拠とともに提示される必要があり、その根拠は監査などで客観的に検証し得るものでなければなりません。

それらを考慮したうえでキャッシュ・フローの発生可能性、時期、金額幅を見積もることなります。

抽象的な話としては以上の通りとなりますが、これだけでは具体的な会計処理は難しいかもしれません。

そこで参考になるのが、下記の減損適用指針第120項です。

将来キャッシュ・フローの見積りの方法には、最頻値法(生起する可能性の最も高い単一の金額を見積る方法)と、期待値法(生起し得る複数の将来キャッシュ・フローをそれぞれの確率で加重平均した金額を見積る方法)がある。期待値法は、不確実性のある将来キャッシュ・フローの生起しうる金額とその確率によって、その期待値を見積るため、確率分布を考慮しているという点で最頻値法よりも理論的には優れている。特に、企業が固定資産の使用や処分に関して、いくつかの選択肢を検討している場合や、生じ得る将来キャッシュ・フローの幅を考慮する必要がある場合には、期待値法は有用であると考えられる。しかし、実務上は、不確実性を確率として捉えることは困難であり、最頻値法により業の合理的な使用計画等に基づいて単一の金額を見積ることが一般的であると考えられるため、いずれの方法も適用できることとされている

減損会計においても減損後の新たな固定資産簿価を算定するため、将来キャッシュフローを算定しますが、資産除去債務算定時と同様の問題が発生しており、これについての背景説明が記載されています。

資産除去債務についてもまったく同様と思われるため、この減損時のキャッシュ・フローの見積りの考え方をもとに資産除去債務の見積りについて考えてみたいと思います。

減損適用指針第120項にもあるように、本来はその見積ができるのであれば数学的には、期待確率とキャッシュフローの分散を反映できるという点で期待値法がもっとも望ましいやり方になります。

しかし、その期待値の見積は本当に可能なのか、また仮に可能であったとしてもその正確性は担保されるのかという実務上の課題を考えたときに、実質的には不可能なケースも相当存在するのではないかと考えられます。

そうした場合、最頻値法で見積を行わざるを得ないと考えられます。

そういった実務への配慮も考えると、一応の期待値法の検討が必要となる原則・例外という形ではなく最頻値法と期待値法を並列して定めたものと思われます。

4.将来キャッシュフローの見積に関する補足

最後に、主に適用指針の中で言及されている将来キャッシュフローの見積に関する補足的な論点について簡単にまとめたので参考にしてください。

※適用指針の論点を簡略化した記述で厳密性を犠牲にしている部分がありますので、実務に反映させる場合等は必ず適用指針の原典に当たることを推奨します。

・複数の有形固定資産の資産除去債務の見積りは、重要性と固定資産の性質を勘案して一括した見積りを行う事ができます

・将来キャッシュ・フローの見積に法人税は影響させません

・法令等の要求する資産除去債務の見積については画一的に行う事のできる場合もあるので、その場合は画一的な見積りを用います

・売手にはじめから有害物質等の除去費用告知義務があるような場合は、その告知された価格を用います

・その資産の平均的な除去費用が明確でない場合は、類似資産の除去費用の見積を用いることができます

・第三者により客観的な見積りは必須ではないですが、その見積りを用いることはできますt