セール・アンド・リースバック取引の会計処理に関する理論的背景
前回のコラムでセール・アンド・リースバック取引の会計処理について見てきました。
新しく公表された公開草案のリース基準と旧基準の違いとして、新基準の方ではセール・アンド・リースバック取引を行う事で資産を完全にオフバランスするという会計的効果を得ることが難しくなったという点が挙げられます。
新基準の会計処理において売手である借手企業は、原則として原資産の消滅と同時に使用権資産を認識し、結果として概ね同額の使用権資産が貸借対照表に残り続けるからです。
新基準では、セール・アンド・リースバック取引が資産の譲渡が売却に該当するか否かによって会計処理が異なりました。
セール・アンド・リースバック取引における資産の譲渡が売却に該当しない場合は、売手である借手企業と買手である貸手企業ともに取引を金融取引と考えます。
したがって、売手である借手企業は金融負債と対象資産を同時に認識し、買手である貸手企業は金融資産を認識します。
一方、原資産の譲渡が売却に該当する場合は、売手である借手企業は売却時に売却損益を認識します。
現行リース基準では、売却損益はリース期間にわたり徐々に認識していくので、会計処理が大きく変更されています。
また、買手である貸手企業は、購入者となります。したがって、買手である貸手企業は、通常の非金融資産の購入時と同様の処理を行います。
このように大変複雑なセール・アンド・リースバック取引ですが、これはIFRS及び米国基準をかなりの程度参考にして作られています。
今回は、一連のセール・アンド・リースバック取引の最後に、今回の改正の理論的背景をより深く突っ込んで見ていきたいと思います。
1.IFRS第16号とセール・アンド・リースバック取引
公開草案によるセール・アンド・リースバック取引の定義は、「売手である借手が資産を買手である貸手に譲渡し、リースバックする取引」というものでしたが、これは実はIFRS第16号の定めをほぼそのまま用いています。
IFRS第16号において重視されているのが、セール・アンド・リースバック取引において譲渡された資産とリースされた資産は『同一』であるという点です。
セール・アンド・リースバック取引において、資産の譲渡が売却に該当するか否かが非常に重要でしたが、この譲渡された資産が『売却か否か』と譲渡された資産が『同一であるか否か』がそれぞれパラレルに対応している点が理解のポイントです。
資産の譲渡が売却に該当し、原資産の売手と買手がそれぞれ売却と購入の会計処理をする場合、譲渡された資産とリースバックされた資産は『同一』であると考えます。
というのは、セール・アンド・リースバック取引において資産の譲渡が売却に該当する場合、収益認識会計基準における一時点で充足される履行義務を前提としますが、このようなケースにおいては完成された製品についての支配の移転が行われたと考えるからです。
リースバックにより売手である借手は支配を獲得しますが、この支配の理論的根拠である収益認識基準による売却益の認識は、譲渡前後で別の試算ではない(同一である)ことが当然ですが前提となります。
すなわち、譲渡された資産とリースされた資産は資産の一部が移転したのではなく、資産全体について所有権ごと移転したと考えるため、そうであるなら必然的に譲渡された資産とリースされた資産は『同一』であると考えざるを得ないということになります。
対して、資産の譲渡が売却に該当しない場合ですが、これは移転された資産は仕掛中の資産であると考えます。
仕掛中の資産ということは、資産全体ではなくその一部が売手から買手に移転されたということになります。
収益認識基準を前提とすれば使用権資産はあくまで完成した資産に関するものであるため、譲渡された資産とリースされた資産は同一ではないと考えられます。
仕掛中の資産すなわち移転された一部の資産だけでは資産の使用から経済的利益を享受できる状態にないので、譲渡損益は認識できません。
2.Topic 842とセール・アンド・リースバック取引
次に米国基準による影響について見ていきましょう。
米国基準におけるセール・アンド・リースバックについての規定は、FASB Accounting Standards Codification(米国財務会計基準審議会(FASB)による会計基準のコード化体系)Topic842「リース」(以下「Topic 842」という。)に定めがあります。
まず比較対象としてIFRS第16号を見ていきます。
IFRS第16号では、リースバックが行われた後、当該リースバックによって生じたリース資産への支配は、『使用権』として貸借対照表上オンバランスされ、同時にリース資産の譲渡による売却益のうち使用権資産に対応する部分は繰延べられます。
また、この繰延られた売却益はリース期間にわたって認識されます。
これはIFRS第16号が、一体的なセール・アンド・リースバック取引において売却されたのは、リース終了後に貸手に残る残存価値部分のみであると考え、その範囲を限定していることを意味しています。
一方、米国基準では、リースバックがオペレーティングであればセール・アンド・リースバック時の売却益を全額即時認識することが可能です。
IFRS第16号と異なり米国基準が売却益を全額即時認識することを認めるのは、セール・アンド・オペレーティング・リースバックの『セール』の部分と収益認識基準との整合性を重視しているためです。
セールとリースバックを別々の取引と考え、収益認識基準に照らして『売却』と解釈できるようなケースではシンプルに『売却』と考えるということです。
リース適用指針(案)では、IFRSと米国の会計基準を比較衡量した結果、米国の会計基準を参考として会計処理が定められました。
理由として、適用指針には以下のような記載があります。
(1) 資産の譲渡について収益認識会計基準などの他の会計基準等の定めにより収益を認識すると判断する場合、当該資産の譲渡に係る損益が全額計上される。これに対し、IFRS 第 16 号の定めと同様の定めを適用指針に含めた場合、資産の譲渡について収益認識会計基準など他の会計基準等の定めにより損益を認識すると判断される場合であっても、当該資産の譲渡に係る損益の調整を求めることになり、収益認識会計基準など他の会計基準等の考え方とは異なる考え方を採用することとなる。
(2) IFRS 第 16 号においては、リースバックにより売手である借手が継続して保持する権利に係る利得又は損失は売却時に認識しないため売却損益の調整が必要となる分、Topic 842 のモデルよりも複雑となる可能性があると考えられる。このような IFRS 第 16 号における資産の譲渡に係る損益の調整に代えて、セール・アンド・リースバック取引についての開示を要求することが有用な情報の提供につながると考えられる。
⑴の趣旨としては、収益認識基準との整合性を重視したことです。
⑵の趣旨は、IFRS第16号にならって一部の利益を繰延処理すると計算が複雑になり実務上の簡便性が失われるということです。
セール・アンド・リースバック取引の会計処理には、様々な理論的背景があり理解も非常に難しく深い論点です。
このコラムをきっかけにして、ぜひIFRSや米国基準も含め勉強してみて下さいね。