市場販売目的のソフトウエアの会計処理について①

前回のコラム『ソフトウエアの会計処理について』は、ソフトウェアの会計処理全般について見てきました。

研究開発費等に係る会計基準によれば、ソフトウェアは次の3つに分類されます。

 1 受注制作のソフトウェア
 2 市場販売目的のソフトウェア
 3 自社利用のソフトウェア
 

1と2は最終的には会社のキャッシュになるので、収益認識との兼ね合いになる一方、自社利用ソフトウエアについては資産計上されるため、実在性(認識)や金額をどのように算定するかといった論点がポイントです。

このうち、受注制作のソフトウェアの制作費は、基準において「請負工事の会計処理に準じて処理する。」と定められおり、収益認識基準にしたがって処理を行います。

2 市場販売目的のソフトウェア及び3 自社利用のソフトウェアについては、基準や「研究開発費及びソフトウェアの会計処理に関する実務指針」(以下、「実務指針」とする)において詳細に定められていっます。

実務上も金額的、質的な重要性を持ちやすく、監査法人と事業会社の間でのコンフリクトになりがちな論点でもあります。

今回は、複数回に分けて、この市場販売目的のソフトウェアの会計処理について解説をしていきたいと思います。

1.市場販売目的のソフトウェアに係る会計処理

基準によれば、市場販売目的のソフトウェアである製品マスター(この定義は後述)の制作費は、研究開発費に該当する部分を除き、資産として計上しなければならないとされています。(ただし、製品マスターの機能維持に要した費用は、資産として計上することはできません。)

市場販売目的ということは、収益により投資原価の回収ができるので資産とすべきです。基準の記載の前提として、このような考え方があります。

2.製品マスター完成と資産計上時点についての解説

上述のように資産計上されるのは製品マスター完成後ということになります。

したがって、会計処理のポイントは市場販売目的のソフトウェアの制作に係る研究開発の終了時点がいつかということになります。

実務指針によれば、製品マスターの定義は「製品番号を付すこと等により販売の意思が明らかにされた製品マスター」となっています。

これはすなわち「最初に製品化された製品マスター」の完成時点が資産計上のタイミングとなることを意味します。

上記時点までの制作活動が研究開発と考えられる理由は、製品マスター完成前までは研究開発費と収益獲得との間の蓋然性が低いためです。(一般に製品マスター完成までは数多くの失敗がなされ、製品マスター完成前に開発が断念されることも多い。)

逆に製品マスター完成後は、この製品マスターを更新、改良するだけなので研究開発として意味合いが薄れます。

したがって、研究開発費というよりは、製品マスターの改良、強化費用として資産計上するというロジックです。

3.「最初に製品化された製品マスター」の完成時点の判定

「最初に製品化された製品マスター」の完成時点の判定ポイントは次の2点です。


① 製品性を判断できる程度のプロトタイプが完成していること
② プロトタイプを制作しない場合は、製品として販売するための重要な機能が完成しており、かつ重要な不具合を解消していること

これらの要件を満たした製品マスターであれば、一定以上の蓋然性を持って販売から収益獲得が見込めると考えられます。

4.研究開発の終了時点と最初に製品化された製品マスター

研究開発の終了時点を判断するに当たっては、

①製品マスターについて販売の意思が明らかにされること

②最初に製品化された製品マスターが完成すること

の二つの要件を満たす必要があります。

ここでいう販売の意思が明らかにされる時点とは、製品マスターの完成の前後にかかわらず、自社製品を市場で販売することを意思決定した時点です。

販売することを意思決定した時点とは、製品番号を付したりカタログに載せたりして、市場で販売する意思が明確に確認できるようになった時点です。


次に「最初に製品化された製品マスター」の完成の要件について考えましょう。

これは、機能評価版についてバグ取りや一部機能変更が終了した段階の製品マスターの完成と考えられます。

製品としての完成版でなくてもよいと考えられますが、一方でソフトウェアが特徴としている重要な機能が盛り込まれているレベルの完成度が必要です。

5.プロトタイプを制作する方式の場合

最後に、制作過程においてプロトタイプ(※)を制作するような方式を採用している場合について解説をしていきます。

プロトタイプとは、製品開発を進めるうえで基本的な設計に問題がないかどうかを製品相当の試作版をいいます。機能評価版(β版)という言い方の方が一般的かもしれません。

別の言い方をすると、プロトタイプは重要なバグ取りを終えている状態の試作版です。

このプロトタイプを評価することによって、最終的な市場販売の時期・価格等に関する意思決定を行うことができる状態になります。

新しい技術が利用される場合には、プロトタイプを作成し、製品が市場で受け入れられるかどうか、他社製品との競争力を有しているかどうかなどの検討を行います。


プロトタイプの制作を行わずに製品マスターを制作しているような場合があります。

このような場合にも一義的にソフトウエアの資産計上が否定されるわけではありませんが、少なくとも製品として販売するための重要な機能が完成しており、かつ、重要な不具合を解消していることは必要です。


具体的には

①入力画面や出力帳票などが完全なものではない

②操作性に関してはまだ改良の余地がある

③処理速度の面で改善の余地が残されている

といった状態であっても、問題を解消するための方法が明確になっており、それが製品の完成に当たって重要なものではないことが確認されていれば、資産計上の要件を満たします。