セール・アンド・リースバック取引の範囲について
前回のコラムでは、セール・アンド・リースバック取引の概要について見てきました。
前回のコラムでも見たようにセール・アンド・リースバック取引は、企業が土地や建物などの実体的な有形固定資産から長期的な資金調達を行うための方法の一つで、一種の金融取引として考えることができます。
セール・アンド・リースバック取引では、リース物件を保有する企業がでリース会社から借りる一方で、リース物件は実際にリース会社に移動せず、所有権という権利のみリース会社に移転します。
リース物件を保有する企業は、リース会社に所有権を引き渡す代わりに物件の使用権は保持できるため、物件を継続的に利用しつつ資金調達を行う事ができるというスキームでした。
ここでセール・アンド・リースバック取引の会計処理について見ていきたいのですが、セール・アンド・リースバック取引には、資産の売却とリースという2つの取引を一体的な取引と見るのか、それとも別個の取引と見るのかについて恣意的な会社側の恣意的な判断の介入する余地があるという問題点もあります。
この論点は、企業会計基準適用指針公開草案第 73 号「リースに関する会計基準の適用指針(案)」においても多くのページを割かれて解説がされています。
そこで今回は、セール・アンド・リースバック取引の会計処理について見ていく前にこのセール・アンド・リースバック取引の範囲はどのように定めるべきかの論点について、解説をしていこうと思います。
1.セール・アンド・リースバック取引の会計上の定義と論点整理
「リースに関する会計基準の適用指針(案)」においては、セール・アンド・リースバック取引は『売手である借手が資産を買手である貸手に譲渡し、売手である借手が買手である貸手から当該資産をリースする取引』として定義されています。
この定義自体は、ここまでのコラムを読んでいただければ、特に解説の必要はないと思います。
ただし、同「適用指針(案)」では、セール・アンド・リースバック取引の注意すべき論点として次のような点が挙げられているのでまずはそれを見ていきましょう。
①譲渡損益の取り扱いについて
セール・アンド・リースバック取引においては、売手=借手となります。
したがって、セール・アンド・リースバック取引の枠組みにおいては、売手=借手から買手=貸手に譲渡された資産から生じる経済的利益は通常、実際には引き続き売手=借手の側が享受していることが多いはずです。
所有権移転は移転していても、実態として借手が経済的利益を享受しているならば売却益を認識するのは誤りですから、通常の売買処理のようにリース資産を譲渡した時点で譲渡損益が認識されないよう、会計処理の整合性を取る必要があります。
②リース料の過大(過小)計上
セール・アンド・リースバック取引においては、資産の譲渡とリースバックはワンパッケージとして提供されるのが一般的です。
したがって、ここで決定されるリース料はこの一連の取引の中の取引条件の一つでしかなく、リース料は通常のリース取引のように独立して決定されるわけではありません。
すなわち、資産の譲渡対価とリースバックにおける借手のリース料との間には相互依存性があるため、この相互依存性の結果として、資産の譲渡対価及び関連するリースバックにおける借手のリース料が、それぞれ時価及び市場のレートでのリース料よりも高い(低い)金額で取引された結果、資産の譲渡損益が過大または過小に計上される可能性があるという懸念があります。
どちらも資産の譲渡とリースバックは形式上別個の取引であるが、実態は一取引であるというセール・アンド・リースバック取引の性質に帰結する者ですので、この取引の一体性に着目してセール・アンド・リースバック取引の会計処理を理解していただく必要がある点に留意しましょう。
2.セール・アンド・リースバック取引の範囲について
前章で検討した論点への対応として、企業会計基準適用指針公開草案第 73 号「リースに関する会計基準の適用指針(案)」の中で、セール・アンド・リースバック取引における資産の譲渡の取扱い及び、資産の譲渡損益を適切に計上するための取扱いとして、セール・アンド・リースバック取引の範囲についての記載がされています。
①適用指針(案)第50項にはセール・アンド・リースバック取引の範囲外の取引の記載として以下のようなものがあります。
リースバックが行われる場合であっても、売手である借手による資産の譲渡が次のいずれかであるときはセール・アンド・リースバック取引に該当しない。
(1) 収益認識会計基準に従い一定の期間にわたり充足される履行義務(収益認識会計基準第 36 項)の充足によって行われる場合
(2) 収益認識適用指針第 95 項を適用し工事契約における収益を完全に履行義務を充足した時点で認識することを選択する場合
②また、同54項にも同じ趣旨で次のような記載があります。
売手である借手が原資産を移転する前に原資産に対する支配を獲得しない場合、当該資産の移転と関連するリースバックについては、セール・アンド・リースバック取引に該当しない。例えば、売手である借手が原資産に対する法的所有権を獲得したとしても、資産が貸手に移転される前に借手が資産に対する支配を獲得しない場合、当該取引はセール・アンド・リースバック取引ではなく、リースとして会計処理を行う。
この章では、上記の①および②について解説をしていきます。
①については今回のリース基準改訂においてベンチマークとされたIFRS第16号との対比で考えると分かりやすいです。
リースに関する規定であるIFRS第16号においては、①のように資産の譲渡が一定期間にわたり充足される履行義務に該当する場合について、セール・アンド・リースバック取引に該当するか否かが実は明確ではないという問題がありました。
これは、この両者の区別を付けることが必ずしもそれほど重要性が高くないという海外の実務が背景にありますが、一方で日本においては、建設工事請負契約と一括借上契約が同時に締結されるような取引形態が一般的です。
そうした状況下では、収益認識基準において一定の期間にわたり充足される履行義務の充足によって収益認識が行われるようなケースでは、恣意的な会計処理が行われるという懸念をぬぐえません。
したがって、今回の新基準においては、①のような取引はセール・アンド・リースバック取引に該当しないという整理が行われました。
②についてもIFRS第16号との整合性という観点が重要で、IFRS第16号との整合性が図られた規定であるという前提の理解が必要です。
そのうえで、下記のような実務上の背景を理解することでこの規定の言わんとしていることが分かると思います。
実務上、製造業者、貸手、借手の間での事前交渉の結果、借手がリース資産を製造業者から一旦購入し、貸手に売却した上でリースバックを受けることが内諾されているようなケースがあります。
こうしたケースにおいて借手は、形式的には最初の購入において法的所有権を獲得しますが、内諾された契約によりリース資産の所有権は貸手に移転することが予見されているので、借手が所有権を有することを前提とするセール・アンド・リースバック取引とは区別する必要があります。
むしろ、このようなケースにおいては借手は資産に対する支配は獲得していないと判断し、セール・アンド・リースバック取引には該当しない通常のリース取引として会計処理することが合理的と思われます。