割引困難な手形の交付の禁止について
上場審査においては、業績や決算開示体制、内部統制など様々な観点からその企業が一般の投資家の投資対象として的確であるかを審査れますが、特に昨今は法令遵守(コンプライアンス)体制について厳しく見られるようになっているといわれます。
これは、社会における法令遵守の要求水準が高まっていることに加え、上場審査を突破した企業による法令違反や企業不祥事がたびたび社会問題となることで、より厳格に審査が行われるようになっている背景があります。
したがって上場準備企業においては、様々な法令遵守の内部統制が必要になりますが、中でも下請法については広範かつ適切な知識がないと知らず知らず違反行為をしてしまう恐れがあるため正しい知識を持つ必要があります。
なお、これまで解説した下請法の禁止行為について上記にあるのでぜひ参照してください。
今回は、前回から続く内容で、『割引困難な手形の交付の禁止(4条2項2号)』をテーマに解説していきたいと思います。
1.割引困難な手形の交付の禁止(4条2項2号)の趣旨について
前回のコラムで、下請法第4条第1項第2号『下請代金の支払遅延の禁止』について解説をし、下請法では親事業者は例外なく60日以内の支払が義務付けられていることを勉強しました。
これは、下請事業者の保護という意味では非常に強力である反面、親事業者に該当する可能性のある企業は実質的に翌月払い(翌々月払いとすると31日の月に下請法違反となる)を強制されるため、どうしても支払サイトを伸ばしたい親事業者にとっての大きな障害となっていました。
前回も説明したように、実務上はこの下請法対策として『手形払い』が採用されます。
手形払いであれば親事業者は実質的に支払サイトを伸ばすことができ、下請事業者の側も手形を割引すれば支払期日前の入金を実現できるため下請法としてもこれは許容したのだと思われます。
一方で、無制限に手形払いを認めることは、実質的に下請法で支払遅延の禁止を定めた趣旨を無効化することになりかねないので、以下のように下請法第4条第2項第2号に『割引困難な手形の交付の禁止』の項が設けられています。
第4条第2項第2号
親事業者は、下請事業者に対し製造委託等をした場合は、次の各号(役務提供委託をした場合にあつては、第1号を除く。)に掲げる行為をすることによつて、下請事業者の利益を不当に害してはならない。
(2)下請代金の支払につき、当該下請代金の支払期日までに一般の金融機関(預金又は貯金の受入れ及び資金の融通を業とする者をいう。)による割引を受けることが困難であると認められる手形を交付すること。
2.割引困難な手形の交付の禁止(4条2項2号)の違反事例
下請法第4条第2項第2号でいうところの「一般の金融機関」は、銀行、信用金庫、信用組合、商工組合中央金庫等の預貯金の受入れと資金の融通を併せて業とする者は含まれますが、貸金業者は含まれません。
この下請法第4条第2項第2号の解釈において重要になるのが、「割引を受けることが困難であると認められる手形」です。
これは一般的な解釈として、『その業界の商慣行、親事業者と下請事業者との取引関係、その時の金融情勢等を総合的に勘案して、ほぼ妥当と認められる手形期間を超える長期の手形』であると解されています。
2022年11月現在においては、繊維業は 90 日(3か月)、その他の業種は 120 日(4か月)を超える手形期間の手形が長期の手形とされています。
これに関する具体的な違反事例としては、下記のようなものがあります。
製造委託、修理委託における違反行為事例
繊維業を営む親事業者A社は、衣料品の製造を委託している下請事業者に対して手形期間が90日(3か月)を超える手形を交付していました。これは繊維業における妥当と認められる手形期間を超えているため、『割引を受けることが困難であると認められる手形』に該当するため、一般に下請法違反と解されます。
情報成果物作成委託における違反行為事例
運送業を営む親事業者B社は、道路貨物運送を委託している下請事業者に対して手形期間が120日(4か月)を超える手形を交付しました。これは繊維業以外の業種において妥当と認められる手形期間を超えているため、『割引を受けることが困難であると認められる手形』に該当するため、一般に下請法違反と解されます。
3.割引困難な手形の交付の禁止(4条2項2号)の新たな解釈について
2021年3月31日に公正取引委員会事務総長及び中小企業庁長官の連名の文書により、下請代金の支払の更なる適正化を図ることを目的として、関係事業者団体に対して以下のような要請が行われました。
1.下請代金の支払は、できる限り現金によるものとすること。
2.手形等により下請代金を支払う場合には、当該手形等の現金化にかかる割引料等のコストについて、下請事業者の負担とすることのないよう、これを勘案した下請代金の額を親事業者と下請事業者で十分協議して決定すること。当該協議を行う際、親事業者と下請事業者の双方が、手形等の現金化にかかる割引料等のコストについて具体的に検討できるように、親事業者は、支払期日に現金により支払う場合の下請代金の額並びに支払期日に手形等により支払う場合の下請代金の額及び当該手形等の現金化にかかる割引料等のコストを示すこと。
3.下請代金の支払に係る手形等のサイトについては、60 日以内とすること。(注)
(注)公正取引委員会及び中小企業庁が業界慣行や金融情勢等を総合的に勘案して認めてきた『ほぼ妥当と認められる手形期間(繊維業 90 日・その他の業種 120 日)』については今後、上記の要請に伴って、要請された日から起算しておおむね3年以内を目途に当該期間を 60 日に見直すよう求められています。
この要請にもあるように、2024年3月までには手形期間として許容されるのは60日が限度となります。
したがって、2.で解説した違反事例も2024年3月以降は60日で下請法違反となりますので十分に注意してください。
※今回のコラムでは一部法律問題を扱っておりますが、一般論も含め正確な記載をこころがけているものの、執筆当時の状況でもあり、また必ずしも公正取引委員会等の公式見解でもない点についてはご留意ください。
また、下請法全般について網羅的に記載している訳ではありませんので、ここに記載がないからといって適法性が保証される訳でもありません。
実際の実務において当コラムの内容を適用する際には、事前に必ず公正取引委員会や顧問弁護士等に問合せを行い、十分な検討を社内で行っていただくようお願い申し上げます。