『買いたたき』の禁止について

引き続き、下請法の解説をしていきたいと思います。

以前も解説したように下請法では、一般的に優越的な地位にある親事業者が下請事業者に対して不当に不利な条件を強要しないよう、親事業者に対して様々な禁止事項が定められています。

(禁止事項について解説した過去記事は以下を参考にしてください。)

下請法の禁止行為について①

下請法の禁止行為について②

下請法の禁止行為について③

割引困難な手形の交付の禁止について

下請法の禁止行為について④

今回は、『買いたたきの禁止』を取り扱います。

『買いたたきの禁止』は、下請法違反の中でも比較的実務でもよく出てくるパターンの一つで、かつ下請法の潜脱を意図した悪質な違反も散見されるため、規制庁側でも特にマークが厳しくなりがちな論点です。

下請法に対する基本的な知識がないと、コスト削減を意識するあまり下請法違反として大きな法的リスクを負うことになるので、特に上場準備企業においては細心の注意が必要です。

ぜひ下記のコラムを読み、また中小企業庁などから発行されている下請法についてのガイドブックなども参考にして、万全のコンプライアンス体制を構築していただければと思います。

それでは、まず条文とその定義について見ていきましょう。

1.買いたたきの禁止(4条1項5号)

親事業者が下請事業者に対して課される義務として『買いたたき』の禁止があります。条文は以下の通りです。

第4条第1項第5号

親事業者は、下請事業者に対し製造委託等をした場合は、次の各号(役務提供委託をした場合にあつては、第1号及び第4号を除く。)に掲げる行為をしてはならない。
(5)下請事業者の給付の内容と同種又は類似の内容の給付に対し通常支払われる対価に比し著しく低い下請代金の額を不当に定めること。

発注時までに親事業者と下請事業者が協議して下請代金の額が決定されますが、実態としては親事業者の方が交渉力が強いため、 同種・類似の給付から世間一般で想定されるより著しく低い金額を下請事業者側が飲まされるような事例がよくあります。

下請法では、このような行為を禁止しています。


この規定の趣旨ですが、親事業者がその地位を利用して不当に低い金額の下請代金の額を下請事業者に押し付ければ、下請事業者は適正な利益を確保できず、場合によっては事業継続に支障をきたすことになりかねません。

下請事業者の利益を不当に損ない、経営を圧迫することになるのでこれを防止する目的で定められています。

2.『買いたたき』の判定基準

次に『通常支払われる対価』の定義について少し深掘りしてみましょう。

『通常支払われる対価』とは、下請事業者の給付と同種又は類似の給付について当該下請事業者の属する取引地域において 一般に支払われる対価のことを指し、市価の把握が困難な場合は、下請事業者の給付と同種又は類似の給付に係る従来の取引価格を指すといわれています。

この定義自体は一般的な感覚とは乖離していないと思います。

不当に安いかどうかは、他社の見積りや過去の取引状況を調べれば容易に分かると思いますので、親事業者に自社が該当するようなケースでは、極端に低廉な対価で発注するのは大きな法的リスクがあることを認識しておく必要があります。

次に買いたたきの判断要素について説明します。

下請法で買いたたきに該当するか否かは、次のような要素を勘案して総合的に判断されます。

1.下請代金の額の決定に当たり、下請事業者と十分な協議が行われたかどうかなど対価の決定方法
2.差別的であるかどうかなど対価の決定内容
3.通常支払われる対価と当該給付に支払われる対価との乖離状況
4.当該給付に必要な原材料等の価格動向

下請事業者との間で協議した記録を残すのはもちろん、対価の根拠や発注内容の明確化もきちんと書面や記録に残しましょう。

他社に対する同様の依頼を行う場合や、過去の同様の依頼などと比べて著しく低い価格での発注もリスクが非常に大きいです。

また、価格が以前と変わらない場合でも、原材料価格が激しいインフレで著しく高騰している等、経済状況によっては発注価格が変わらなくても『買いたたき』と見なされるケースがあり得るので注意しましょう。

3.違反行為事例

『買いたたき』の違反行為事例を紹介したいと思います。

製造委託、修理委託における違反行為事例
親事業者A社は、産業用機械の部品の製造を下請事業者B社に委託しています。単価の決定に当たって、 下請事業者に1個、5個及び10個製作する場合の見積書を提出させたところ、1個製作する場合の単価>5個製作する場合の単価>10個製作する場合の単価となり、10個製作する場合の単価が1個製作する場合の単価を大幅に下回るためA社は、10個用の単価で1個だけの発注を行いましたが、これは下請法4条第1項第5号『買いたたきの禁止』に抵触し、下請法違反となります。

この事例において割安な単価の提示を下請事業者が行った意図は、あくまで10個発注した場合の大量発注に対するディスカウントであって、これを親事業者の優越的な地位を利用して1個の単価を強制することは明らかに不当といえます。このような常識的に考えても不当な取引は下請法違反となりますので十分に注意しましょう。

情報成果物作成委託における違反行為事例
親事業者C社は、自社の住宅販売部門が販売する住宅の設計図の作成を委託している下請事業者D社に対し、 従来の単価から一律に一定率で単価を引き下げることを一方的に通知し、通常の対価を大幅に下回る下請代金の額により発注を行いましたが、これは下請法4条第1項第5号『買いたたきの禁止』に抵触し、下請法違反となります。

自社が購買側で非常に強い立場にある場合、ついついこうした一斉通知による単価の引き下げなどをやってしまいがちですが、公正取引委員会等に通報された場合は(通知などが残ることもあり)非常に不利になります。

下請事業者側も一方的に通知されれば心情的にも反発が大きく、通報等をされるリスクが大きくなりますので下請事業者側に不利な取引条件を飲んでもらわざるを得ない場合は、相当に丁寧な交渉と法的リスクの検討が必要になるので十分注意しましょう。

※今回のコラムでは一部法律問題を扱っておりますが、一般論も含め正確な記載をこころがけているものの、執筆当時の状況でもあり、また必ずしも公正取引委員会等の公式見解でもない点についてはご留意ください。

また、下請法全般について網羅的に記載している訳ではありませんので、ここに記載がないからといって適法性が保証される訳でもありません。

実際の実務において当コラムの内容を適用する際には、事前に必ず公正取引委員会や顧問弁護士等に問合せを行い、十分な検討を社内で行っていただくようお願い申し上げます。